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2016年12月1日更新(67号)

(やまい)    稲生きみの

ガン病みて後に残るは短歌(うた)の道いのちの限り続けてゆかな
生きてきた証しともなす短歌詠む日記変りにざんげのように
入院は四日に手術は九日と承諾すれば医師は即言う
説明を終れば医師は淡々とサイン促す勝者のように
イケメンの医師にいのちを預けよう明日は手術日湯につかりつつ
「怖いから手術はやめて帰ります」風呂場でボソッと若きが言いぬ
手を放し亡母(はは)遠ざかる夢を見る術後の夜の浅き眠りに
わが病めば気遣い見舞いに足繁く無沙汰に過ぎにし人暖かく
聞かれれば返事のことば「しんどい」とこの四文字の他に言なし
暖かい手袋のような夫の手よ黙して握りて帰りゆくなり
賜わりし遺歌集の数々しみじみと親しく在りし日のよみがえりくる
朝朝に神の御前に額ずきぬ生かされしいのち抱きしめながら
窓を拭きカーテン洗う風鈴を鳴らして通るきれいな風が
自衛官募集のチラシ手渡され持ち帰りきてゴミに捨てたが・・・
寺の僧「オレオレ詐欺」は殺人と被害者責められ自死の多しと
新聞受けに朝刊落ちる音のして平和な国の倖せのおと
ラヂオより「・・・遠い昭和の・・・」歌流れ胸熱くなる夕べの厨に
孫二十歳はたちの考え信じようしたり顔して娘に話す
緊張に熱くなりつつ九十分蓮池薫氏の講演を聴く
明日にでも帰れる筈だと蓮池氏信なし国と無策の国と
愛唱歌は「翼を下さい」とうめぐみさん余りに痛わしその詞その曲
病い多き友手作りの品届く世界に一つのバッグ美し
金婚式にふと立止まり来し方を確かめるがに指を折るなり
義母逝きて二十三年笑顔良きははしのびつつ玉串上げる
涙出る時は畑に出ると言いし亡き母しのぶ秋の夕暮れ
貧乏も勲章として久々にうから集えば話のなかに
「暑いから」を口実にして此の夏は海も山も小旅行もなく
完熟のトマトのやうな燃えている大きな夕日に人ら動けず
野の道にきれいなエプロンのお地蔵さま彼岸花咲き絵本の世界
何となく淋しくなればここに来よ万緑の道行きつ戻りつ

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