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2017年3月1日更新(68号)

旅の思い出    中尾 環

日の暮れの早きに(せわ)し台所〈高級魚〉となる秋刀魚を焼きぬ
流れ来る木犀の()は部屋中に芳香剤を置きたるごとし
稲穂垂る畔にひと群れ彼岸花残暑なれども秋の前髪
最後には「おもしろかった‼」と言えるよう存分生きん 外は秋雨よ
色付きし落ち葉の川面に描きたる錦絵と見てばし動けず
卓球の愛ちゃん結婚報道に自称父母達(おやら)は〈幸多かれ‼〉と
“神ってる”大賞取りし流行語神ったこと無き我が人生よ
イケメンのジャズピアニストはイタリア人顔に見とれて心は乙女
「今わたる川はドナウ」とガイドされシュトラウス想ひ滂沱の涙す
オカリナで友の奏でし〔エーデル・ワイス〕朝靄かかるスイスの山脈(やまなみ)
トップレスの踊り子達のショーに酔いそぞろ帰りぬシャンゼリゼの夜
仰ぎ見るペンシル・ハウスの連なりよアムステルダムの運河を巡る
夫と共お洒落し出向きぬリヨンの夜鳩を主材の三ツ星レストラン
ウエルカム・シャンパンを手に庭巡り夕陽沈みぬリヨンの古城
甘そうに熟れて真赤なイチゴ買い食みてガッカリパリのマルシェよ
夕暮れにキラキラ光るエッフル塔声上げ見上げしセーヌ・クルーズ
離陸寸前急ブレーキの掛かりたりスイスの帰り恐怖の滑走路
北海道46日一人旅実りの大地と人との出会い
「夢のあり」日々泳ぐ距離加えゆき日本縦断3120キロ
命火(いのちび)の燃ゆる限りは育てたし“夢”と言う名の花咲く種を
B・G・Mにジャズ流しつつ短歌(うた)を詠む〈ながら勉強〉せし頃の癖
半年振り〔焼きとりクラブ〕は会わぬ間の報告しつつ飲み()み笑う
プール好きで編み物好きの寄り合いて作品見せ合う〔更衣室倶楽部〕
日溜まりにぽつり老爺の座り居て空仰ぎつつかすかなる笑み
医者帰り小春日和に誘われてちょっと寄り道思わぬ買い物
冬晴れの光を受けし柚子の実よ(あお)深緑(みどり)のキャンパスに映え
泳ぎ終え小春日和の帰り道自転車押して枯れ葉踏みゆく
シャンプーの()残し我を追い越しぬ自転車の女性(ひと)早点となる
病癒え踏みしめながら歩く友プールに通うそれが仕事と
目の先で我に向かいて微笑みぬ写真の母は常若(とこわか)にして

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