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2010年3月1日更新(40号)

冬の虹    鈴木 禮子

護王神社、蛤御門の前をゆく むかし走れる路面電車は
忘れゐしものの芽土を擡げたり雨水まぢかきそのうすみどり
きたぐにの魔とよぶ雪は遂にしらず京に舞ひしは白きかざはな
雪しぐれあびて葉のなき臘梅のをみなならむか瞳をひらきたり
ひつそりと土に散り敷く獅子頭(ししがしら)きのふの夢にさきしものかは
目の合へばタタツとわれに走り寄る愛ならねども猫のしぐさの
坂の上の雲読みゆけば想ひ出づ師範学校(しはん)を出でて師となりし父
陸・海の学校ありて戦争の義といふものも教へしといふ
うずたかき死屍まなかひに身を責むる乃木大将はた秋山兄弟
自然体で生くるといふも(かた)くしてホームレスゆゑ公園に寝る
為政者は常死なざりし戦なりよき民草はことごとく死ぬ
誉れといふ麻薬に人の呑まれゆき運よきは残り光をまとふ
富少し預かりたるを保守とよび革新は見るゆめのさまざま
さやかにも花の咲けるをよろこべば春濡れぬれと身めぐりにあり
いづべにか切り目をつけて生きむとす冬遣りたれば春のま近く
諦めをまた乗り越えて平穏の手ざはりに酔ふ春はあけぼの
一夜さに百首詠とはならざれど歌の韻律(リズム)にわが揺れてゐる
褒められて五十歳(ごじふ)の子供笑まふなり匂ひすみれの香を嗅ぐやうに
しまらくは夢の中にてすぐすべし花の玉川まんまく続く
滑らかさ、はた激しさが良きかとも 思へばややに時節(とき)うごくころ
杜子春が老いの棲家に択びしは桃の花咲き陽の照るところ
死ですらも温き光の裡にあれ常叶はざる夢のひとつに
一息に詠ひ了へたるよろこびよなべて都合のよきやうに舞ふ
目閉づればまたも仕事に追はれをり醒めてうれしや夢にありける
わが裡の池に(いを)飼ふと()らしたり病の篤く果てむとするに
あるはずのなき冬虹をまざまざと見上ぐる呆気(うつけ)歌びとわれば
歌人としうたふ主題は『老い』にしていま高々と言挙げをする
老いうたはタブーといつか人が言ひし何せむわれに残りしは老い
硬化した脳血管は直らねど歯列はきちんと直してもらふ
眼を治し耳をつくろひ歯を造る復元なりてわれは人間

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