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2009年9月1日更新(38号)

窓辺の椅子    矢野 房子

日曜日は韮食む日と決め月曜を赤く装ふ日にして決まり
老いゆゑのしくじりも又面白い事とし処理せむわたしのために
夏料理指の先までスライスし指が疼けば面白からず
白峰に雉の声聞く醍醐味を語りし夫の終の登頂
白山の星のしづくを手にかざし見つとふ夫に想ひめぐらす
やうやくに登山の友を得し夫の靴は遺れり納屋の奥処に
玄関のステンドグラスに(あかり)りつけ友を待ち居りくたぶるるまで
息子()の車角を曲りてやっと来ぬ 窓辺に我を長く立たせて
泰然と立ちにし棕櫚をばっさりと切りたる後の青のあぢさゐ
雪かぶるちしまざくらの紅めしべ(わか)く光りて山頂の夏
無防備に束のあざみを受け取るに痛く刺されぬされど大好き
(とし)とりて最後(いまは)の近き眼差しに見詰むる介助犬グレーテル
独り住みの隣の老女家をたたみこの夏ホームになべてを託す
身も財もすっぽりホームに委す老女(ひと)振り向きし時透きとほりたる
己が家のここで死ぬると云ひたるも老人ホーム入り遂に決めたり
友がらの顔・顔浮べかすかなる夕風(かぜ)の入りくるあみ戸辺の椅子
一隅の凌霄花(のうぜんかづら)はみんなみんな私に向きてトランペット吹く
除湿器の水捨てむとしおどろきと満足一気にどどっと流す
振り向かず帽子浮かせて角曲る夫のしぐさの可愛く思ひし
一口をふふみつ身をゆだね居る午後三時なりカキ氷(どき)
キリン草黄葉凋落の一葉を朝の出逢ひの如く手に取る
友に逢へば得るもの多き少時間さっと帰り行く猫待つ家に
この茶入れさんざのぼせて買ひしもの。側のぐいのみ日日なじみたる
竿の上にじっと動かぬ熊ん蜂機嫌うかがふ様に待ち居つ
つゆ草やなでしこの花瓶に挿し今宵はローソクの灯で見てみよう
紅のさす白きむくげの花なりき簾の向かふそのあたりなりし
老いの来て安らぎの来て死が来むか門辺に凌霄花(はな)(あけ)がいっぱい
友の手で作りし茶盌朝日焼、土と彼女と合ふまで見ていつ
おしげなく賜びにし(すゑ)の数々の周辺(かたはら)に在り亡友と遊ばむ

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