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2009年9月1日更新(38号)

ハザードランプ    月山 幽子

壊れたる自動ピアノの辺にあるカトレアゆるる風を探さむ
金星の見えざる夜はコーラを喫してみつめるわが生命線
「む」で流す歌の終りは儚くて弾けんために薄荷をなめる
夜の芯に置きたる椅子の傾きて自律神経シャープ・フラット
時鳥なきつるかたをしのぶれば真抜けの(かわず)蛇に呑まるる
酸漿をならす童の陽の匂ひまぶしくあれば森へ逃れむ
一本のパイプとしてのにんげんかしばし溺るるOX(マルペケ)ごっこへ
妄想の燃ゆる真昼に貧血の月渡りゆくにひらにひらと
まひるまの闇の深さよ日輪のかがやき重し膠のごとく
うなぎ屋にながく飼はれて猫巨大地球(テラ)より重き手ごたへとなり
アスパラとパラドックスとパラフィンとパの字並べてあそぶ退屈
せせらぎを流れるものは水でなく青く冴えたる塩の魄なり
脳みそにクロワッサンの月かかり挫折は甘美となりて輝く
友達かわれより弱くみゆる日は花を求めず鍋釜みがく
空瓶にしょうゆの立つはあさましく酢こそよけれと思ひ煩らふ
引き出しを空にするとも入れるべきモノのなければじっと手を見る
近づくなハザードランプつけてゐる不定愁訴の少女の背中
嘘いくつたっぷりつきて角とれる家族といふは手品のようで
芥子の花みながらゆするうつしみの船酔ひのごと歪みはじめる
桃の皮むけばぺらぺら垂れ下り原爆ドーム現れてくる
あかけれどどこかに昏きのうぜんの見上げる眼じんわり痛し
前向きはそんなにいいか後より暴走車くる夏の夕ぐれ
他人とはちょっぴり違ふ表現をしてみたところで野に行き暮れて
扇風機クーラー次々火を噴きて厨を走るわが火の車
産むことを恥と思はず母なるを開きなほれる者を雷打て
トトロ棲むはるかな森に冬の来てグラスに消えぬ夏の傷あと
鬼ヒトデ月の光を反発し果に蒼ざめやがて紫
焼けるほど孤独ならねど向日葵はじりじりとして種をふやせる
右足を切断したる朝までスイート食みて惨完成す
流行歌流しながらゆれてゐぬ我に鋼の芯が出来てゆくのです。錯覚か

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