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2009年3月1日更新(36号)

ふるさとの    馬宮 敏江

吉野川に沿い一両のディーゼルカーことこと付き合ふ阿波池田まで
春霞それとも黄砂朦朧の奥に連らなる阿波の山なみ
「眉のごと」古歌に詠まれて名に負いし眉山は変らず迎えて呉るる
「帰ったね」燕を迎える里の家山鶯の声もととのう
うだつの町 幟はたはた故郷はいつも季節の風ゆたかなり
はるばると来し醒ヶ井の地蔵川流れのままに梅花藻の咲く
結界の流れを渡り入りし寺柳生の墓所に萩咲き枝垂る
石のみち辿りて柳生の村に入る剣豪生みしは奥深き里
小春日をハイビスカス咲きディゴの咲く季節狂いし赤のあやうさ
四十年吾が足なりし愛用の車処分す老い支度また
灯明を点せば毎夜這い出す蜘蛛の一匹吾が家守りかも
遠く近くきこゆる太鼓に寒行の僧の草鞋の素足をおもう
飾りしもはるかとなりし内裏雛節句ひと日を菜の花の雨
買い替えしせめて真っ赤のトースター、チンとはなやぐ二人の朝げ
花の下熟(うまい)する児にそっと散る毘沙門堂に逝く春の風
吾が町に開花宣言駅前の桜ひと枝の今日ほころびぬ
訪れし娘に注ぎやる新茶覚えてますかあなたの湯呑み
夫の病い日々うすれゆく気配みゆ桜花散り枇杷の色づく
西王母、白玉椿もさかり過ぐ心を寄せるいとまなきまま
あの庭に木犀の香の流れいん余命を削り病む友の日々
はげしくも真っ赤に染まる西の空じっとみている上弦の月
「咲きましたね」つい口に出て歩みよる娑羅の花咲く家の庭先
ボンネットを飾る銀杏葉色もみじわたしの秋を連れて発進
この雨に一入いろ濃き銀杏並木終のかがやき明日に散るとも

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