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2023年1月1日更新(86号)

同 居   稻生 きみの

おおらかに生きて行けよとマンションの空の高みを雲はゆくなり
「三カ月、持ちて一年」と淡々と医師には仕事姉に告げたり
ガン告知に気丈な姉は変わりなく寄り添ううからの頼りなげなる
わが余年知らぬが幸かことばなく眠れぬ夜の細き虫の音
良きことも悪しきもいいよ突然の姉と同居はほの温かく
「母さんに会いたい」と姉は涙目に亡き両親を偲ぶ夕ぐれ
遠慮なく負けじとばかり(くち)げんかそして互いに涙を見する
しみじみと姉のすがたを見つめたり新年は早 卒寿になるか
十カ月余りの同居よ姉転居付かず離れず今日は茶房に
甘藷蒸し施設の姉へ届けんと厨に朝の光さしくる
「見てござる」高田好胤(こういん)のことば書き添えて妻の介護の長き弟へ
面会の叶いて息のむ病む友の変わりしすがたに名を呼ぶばかり
友見舞う「帰りたい」「帰りたい」は口ぐせとその()は軽く言うも痛まし
何事もコロナの故と病院は透明カーテン越しに面会20分
海の涯水平線に夕日落つ照らされ今はの悲しみ消ゆる
『沈黙』の舞台に建ちし遠藤周作(しゅうさく)の文学館は海を見下す
訪う人はわれら三人と一人の遠藤周作(しゅうさく)文学館沈黙している
ピーチ色の飛機へ手を振る秋空へひかり輝き消えてゆくまで
亡き夫も聴いていますかひばり歌う遠き昭和の歌の数々
つつがなくひと日の暮れてありがたく明日もあるかなカーテン閉じる

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