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2021年9月1日更新(82号)

雨ぞ降る     鈴木 禮子

水無月に入り早々と肌焼けてかの夏の日は若かりしかな
穏やかな日本海あり潮浴びる老人無くて遥かなる波
積雲に目を遣る暇も惜しみつつ波と遊びきわが子とわたし
花水木ひらき()めたる雨の夜も梔子更に山法師咲く
白き花を見あげて(つま)は言ひたりき「いい気分だよ 花ある庭は」
樫に(つが)、盛り上がり来る浅みどり新芽は夏の到来を告ぐ
時が来て芽吹く力の眩しくて吾は視てゐる昨日も今日も
雨ぞ降る 線状に降る禍つもの!土砂のうねりは死神ならむ
泥流に呑まれゆきたる人の惨 せめて苦の無き安らけき死を
大怪我に気を喪ひし二カ月を事後に聴きしが我に運あり
思ひ見る こは邯鄲の夢にして果てなき空に遊びたるにか
送迎のバスのシートの若き背にわが励ませど首を振るのみ
まだ若き年頃の子の絶望に「若いんだから」と言へど詮無く
思ほえば同類項の私に人を励ます資格などなし
ヘブンリーヘブンと名乗る朝顔よ群青の花 待つ吾がゐる
桃山の城の片側(かたえ)のいしぶみに病みし歌人の絶唱一首
あやくもの果てとは何ぞ歌びとの樹霊碑残る樫の根方(ねかた)
寝たきりの一世(ひとよ)に愚痴を零さざる詠草にわが心慎む
競技といふ技痛ましく美しき 夏の日本のオリンピックに
オレンジのマスク着けたる選手団 アヒルの群のようで可愛いい
人間は二十年にて廃ると言ひ十代選手は人智を越えた
極限に挑むケースに息止めて吾は視ている見世物ならず
イタリアの選手団みな明るくて陽の申し子とわれは思ひき
心奥(しんあう)の葛藤すでに消えてゐる破れよ夏のこの突破口
行けといふコーチのサイン背に受けてああ重量のバーベルを挙ぐ

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