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2019年12月1日更新(76号)

短歌愛しみ    稻生 きみの

何となく淋しくなればここに来る万緑の道行きつ戻りつ
「続けよ」の恩師のことば裡に秘め一人一派の短歌愛しみ
師の歌集わが本棚に位置占めぬ教わりし歌会のよみがえりくる
義母逝きし二十余年の過ぎゆきをこころ新たに何か畏れる
朝朝にちいさなやしろに額ずきぬ生かされしいのち抱きしめながら
この夏を乗り越えられたと夫が言う風涼やかに朝のパン焼く
相聞歌を交わす趣味無し夫に添い金婚の日も静かに暮れる
「岡 晴夫」を今日は歌いて帰り来るディサービスより明るく夫は
デイサービスへ夫の居ぬ間のひとときを茶房にひとり贅沢をする
糖尿を病む夫淋し少量の酒ゆっくりと味わいている
啄木の短歌(うた)思われる()の年の明けて朝光まぶしくさせば
被災地を人々いかが思わるるおかげさまで夫と屠蘇交しつつ
正月を一本の酒に足りている白髪光る夫の老顔
涙出る時は畑に出ると言う老母(はは)より春の野菜届きぬ
亡き母のショッピングカートで引きながら行きて帰りぬ落葉の道を
うから皆仲良く老いて笑顔良し誇れるものは何も無けれど
遠く住む娘が送り来しシーサーに声かけて夜の明り消すなり
九十分の蓮池薫氏の講演を聴く人々の熱気感じつ
明日にでも帰れる筈だと蓮池氏出でよ知恵あり勇気ある人
愛唱歌は「翼を下さい」とうめぐみさん今も小声に歌っていますか
家族葬に親友(とも)を見送る静けさよ経上げる導師のすがた、声なく
主のもとへ迷わぬように讃美歌を包まれ安らかに友見送りぬ
説明を終えれば医師は淡々と「サインを」言いぬ勝者のように
入院は四日、手術は九日とサイン終えれば即言う医師は
イケメンの医師にいのちを預けたり明日は手術日湯につかりつつ
「恐いから手術はやめて帰ります」お風呂で若きがボソと言いぬ
手を離し亡母(はは)遠ざかるゆめを見し術後の夜の浅き眠りに
ラジオより「…遠い昭和の…」歌流る昭和生まれぞ耳澄ますなり
なんとなく俳句より短歌が好きなわけ解らぬままに半世紀すぎ
思わざる病いのあとによろこびも短歌に恋する心残りぬ

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