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2019年9月1日更新(75号)

北の歌人(うたびと)    馬宮 敏江

枝を張り緑深みし欅並木降りつぐ梅雨に幹くろぐろと
蛙のこえ天にひびけと夜もすがら田水のにおい風運びくる
「耕して天に至る」山里の限界集落とう淋しいひびき
朝夕が涼しくなったよ。友の文カナカナの声聞こえるような
窓よりの吹くも熱風、扇風機も、砂漠のような町に身を置き
テレビに倦み時には夜空見上げよう月に寄り添う一つ星キラリ
長年を馴染みし駐輪場の係員白髪のふえぬ吾も同じに
ヒロシマのあの日もこんなに熱かった まためぐり来る八月六日
四国四県一夜に廃墟と燃え果てし炎は消えず今も胸うつ
真夏日の昼は素麺だったよネ 一人ですする音たてながら
飛行機雲隈なき蒼を真っ二つ久びさに会う白き一筋
「初蝉ネ」云えば前より鳴いてます 耳よき嫁のいたきひと言
百円バス乗るも降りるも支えられ感謝しつつも口惜しさ少し
大手術癒えし息子を見送りぬ社内旅行のドバイに発つと
息子()はドバイ。娘は穂高と盆休み 留守居の吾は三十首練る
わたしには「父の日」でなく息子の日「獺祭」一本笑顔みたくて
梅雨入りを待ちかねしごと薄紅の擬宝珠一花うなだれて咲く
早すぎる台風連れておとづれる遅いと言はれし梅雨入りの朝
三十余年綴りし亡夫の日記帳保存。破棄。心揺れいる
夫の遺品整理をしつつ在りし日の心ものぞく恐れを持ちて
桜のころ施設に入りし友に書く、私も思い出に生きております
スタスタとお洒落にかぶるハンティング歩むは北の歌人(うたびと)ならん
パープルのスニーカーを買いました。遠ざかりし夢少しうごめく
夫婦とはかくありたしと垣間見る上皇・后さまの寄り添うかたち
ことも無く台風過ぎぬ()の人の御陵はんに守られる町と
すぐれものとさんざん利用のプラスチック有害論にプラ可哀そう!
「買い物難民」と呼ばれる人らの待ち待ちし町に唯一のスーパー開店
杖をつき手押し車で集まれる開店まえに笑顔が揃う
千両の実はことごとく黒くなり何で、どうして、嘆く朝ごと
挿し木して三年を経し初嵐(椿)花開く日を待ちて生きたし

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