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2018年12月1日更新(72号)

修羅いくたび    鈴木 禮子

平成も終らむとして常に無き嵐は猛る異境かここは
わが友の産土(うぶすな)の地に暴風は魔物のごとく屋根吹き飛ばす
無住の家、()れて遂にぞ売る運び、 許し給へと善女の友は
己が身の修羅(ぬぐ)ふさへ叶はずて阿波・徳島に立ち尽くすのみ
ふるさとの家は潰えて神無月 守り通すは老いには難く
季節風は東へ抜けぬ秋冷のどっと寄せきて咲く吾亦紅
(キム) 時鐘(ジショウ)季節(とき)を失ひ、吾が(いだ)く時は崩るる 成すすべもなく
わが詠草好むと()らす師の君もみな故人なり 冬の始めに
高齢の方々と編む歌集にて未踏の路と読むひともあれ
隷書あり力籠れる墨痕のかぐはしきかな義父の遺品に
情動の高まりくれば涌きてくる色褪するとも歌といふもの
言はせ置く 黙して己が身に仕舞ふ やがて言葉も忘れてゆくか
真っ赤なダウン身にまとひたる翁あり もの言はねども強く主張す
老いたればせめて好みの色を着よ 禁忌の(おきて)いや増せる日は
赤も良し 牡丹色した靴も良し 白のズボンにピンクのシャツも
感性の起伏乏しき晩年や雑草(あらくさ)延びて木賊(とくさ)は枯れて
屑歌と思へどしんじつ捨てがたし屑歌にある屑歌の味
オルゴール不意に鳴り出づ秋雨の湿りを帯びて去年(こぞ)の音色に
晩夏光、(そびら)に受けて行く男 あれは死別の(つま)にあらずや
紅唇はつやめく秋の実のやうな奈良の古刹の年若き僧
「真贋を弁へぬとはばかだなぁ」夫云ひしとき我に返りし
いつの日か逢ひしことある人の顔 等持院、足利歴代の像に
「血と雨にワイシャツ濡れて」岸上の短歌(うた)にありしが、はや難解歌
後頭部挫傷と言ひ合ふ隊員の声聞きてをり救急車の中
紙のシーツ広げられゐて速やかにバトンはわたる若き医者へと
すがやかな季節(とき)のさなかに(つつが)あり不安はわれを外に招かず
変ありて長く立たざる庭先に雑草うねる勝鬨あげて
気圧の谷日本列島を横ぎりてほどなく冬がすべてとならむ
いま何か掴まむとして高々と雲海抜けて来るはなにもの
カポーティの物憂き話読みをれば秋も半ばの日が暮れてゆく

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