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2018年9月1日更新(71号)

風    村上 豊

病ひ癒え欣喜雀躍鞠躬如パソコンにむかふ歌人の姿
隣町日光燦々悪しきこと犯せるやうにわが(まち)曇り
銀箔を撒きたるやうな涼しさに誰か言ひくれよ青水無月と
葩さはに咲かせ明るき木は何ぞよその庭なれば確かめられず
何を見ても働くとせぬ詠み力若葉曇りはどんより寒し
歌ことば大堰切って滝つ瀬と光放ちてあふるるを読む
目眩めく暑さに耐えて昂然と朱夏の花なる向日葵は立つ
ひいやりとするものほしき朱夏まひるいつか閉店しいき硝子屋
赭といふ字をよびさますアスワンの砂感動も感傷もなく
拙し だがこの頃が朱夏だった郷愁いだくわが古き短歌
燦然と朝露いだき白槿暾に咲ひ盈つ今朝の幸ひ
クシナーラ釈迦入滅の御土地の写真は湛ふふかき静寂
紺青の海峡こえて一行の詩に昇華せるてふてふありき
いっぴきのてふてふのはねいや白く秋青空に孤独の匂ひ
訓練の防災の旗「みんな無事」白きてふてふたまゆら憩ふ
而して紅葉通信の書き出しは匂ひまぶしき秋のてふてふ
晩秋か初冬かけふより神無月いのちをあらふやうな青空
硬軟ののひびきまぜたる神無月冬のにほひのいづこにか差す
人間きらひ老いて深まる漢なり(たけ)狩りにゆき三日もどらず
天高く馬肥ゆるとかこの季節かくれて一衣帯水の冬
なぜ詠ふ? 答へ茫々朝起きて頭脳元気か打診のためも
撫づるごとマヅルカ一曲(ひとつ)ためし弾きひとりうなづき笑む調律師
チョコレート効果(なづき)によしと(あがな)ふにすぐにのるとぞ家族は哂ふ
晩年といふ語の重石黄葉の坂くだるとき膝は教ふる
目瞑りて一心に聴く『冬の旅』いまさすらへば徘徊になるか
冬晴れに裡なる思ひ突き上げて咲くベゴニヤの絶賛の朱
漢らが山賊料理囲みしが生きてゐるのはわれいちにんか
つよきこと言へぬ男が「黄昏」の姿ますます(フォルテ)に似る
わが人生交響曲なら四楽章彼岸の父母より年上となり
群青の母なる海よ掌にとほき潮騒秘めて貝殻

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