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2017年9月1日更新(70号)

歳月遡行    村上 豊

初花へ声放ちたきよろこびと荏苒(じんぜん)(ながら)へて今年もわらふ
懸命に強東風に耐へ雨に耐へ咲ふさくらの木の気迫はや
喚声のテニスコートに上がれども厚く盛れるさくらゆるがず
夏きたる枕草子ひらきみむ「節は五月にしく月はなし」
基督の愛信ぜよと婦きて光る木となるはくれんあふぐ
薫風にしては豪快百台の自転車薙ぎ倒しゆく疾風(しっぷう)
新緑の木立のやうな青年ら爽涼感をうつしくれぬか
骨牌(トランプ)氏義歯にあらずや真っ皓き歯に衣着せず雑言ほざく
友人ら白旗掲ぐステーキを光るナイフに切り分けて食す
兄に貸した父の遺品の紋付羽織袴すべてを質に流さる
昔々ヘヴィスモーカーに候へばその臭いする古コート出づ
自らを知らぬ己に操られ暴言失言してまた大臣馘首
親爺さんこれもってけよ五十集屋(いさばや)の兄ィおいらは鯖は嫌ひだ
蒼穹に黄金の香を放ちたる王者黄薔薇虫つきてかき消ゆ
朱と黒の斑くきやかな大き鯉みとれたりその退場のさま
わが妻がこころし炊ける筍を考妣にそなへて念仏白す
筍の炊きかたにそれぞれの一家言悶着好きの兄嫁ら
紙よごめんな平板な隻句(ことば)書き連ね歌にならぬを丸めて潰す
五十銭銀貨もらった少年の仇怪人二十面相何処
少年のお宝銀貨うばひしは兄になりすます怪人二十面相
一銭がかがやきてゐし日に対ひわれの裡なる少年駆ける
晴ればれとカレラス唱ふCDは梅雨のさ中の照々坊主
水色の玻璃器とらふる小景にさういへば壷中天とふ語(ことば)ありたり
夏木立風に耀きことばもち閃く「左の頬をも打たしめよ」
杉花粉後遺症なり行く人らふり返る程の大ハックション
はしり去る時間が落としゆけるがに郷愁さそふ軒の風鈴
雀踊りおどる阿呆に観る阿呆かきわけて入る地下鉄駅に
地下鉄の階段上り逸り男の猛暑の街に息ととのへてゆく
首細く面長の顔傾げたる(ひと)微小せりモヂリアニ画集より
冷房のつよすぎる店ゆ出でてきて北極探検をはりと友は

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