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2015年12月1日更新(63号)

秋のエチュード    鈴木 禮子

クーラーを消して大きく息をするいま充ち渡り満天の秋
かなかなの声はとだえて群青の秋そよぎたり立ちて歩まむ
銀箔の秋立てりとぞ人の言ふしんしんとして冷えし素肌に
夏果ての空哮りゆく禍つもの線状降水帯と疎ましき名の
治山治水、民のくらしの大本を疎かにして今日の豪雨禍
みちのくの友住む街に浸水の輪は縮みくる術なかりけり
最悪の報道聞かで済みしこと天にか謝さむ友に事なし
西山に残光のありあくる日の朝日約するその茜いろ
人の世を味はひつくす人にして阿呆列車に百閒は乗る
生きざまを百閒先生書きつくし吾はいとしむ『阿呆列車』を
(ナニガシ君)(タレソレ君)を伴にして緩かに過ぐる一等の汽車
一度読み、またも読まむと思ひたり真面目に可笑し百閒先生
古き本捨つるを惜しみまた戻す秋くれ方の斜光をあびて
思ひ出は胸を病みたるわが夫が昭和初年のその読書行
日に()れし本を披きて亡きひとの姿も見たり秋日暮どき
ラグビーのことはなんにも知らないが五郎丸にはジンと痺れた
五郎丸がキックの前にする儀式音なく色なき絶巓を背に
みづからを追い込みゆきて挑むとき誤差をもたない人工マシン
ひとわざの極限なりと思ふかな速度と距離がぴたりときまる
前評判に乗りて買ひたる一冊は「百年の孤独」遂に手付かず
湯あみしてしみじみと視るわが裸像骨ゆがみきてややに傾く
『売り物件』と立札のあり盛衰は世の常ならむ雲ながれゆく
またここに戻ると言ひし呟きも水のごときか帰りきたらず
子等の家の近き辺りに住まんといふ断念ありて断念ならず
山のあり川ありて野の展けゆくわれには小さき野菊が咲けり
「市長賞」を子が貰ひしといふメール『河鹿の鳴き声』といふ墨書
和太鼓にのめるが如く筆を持つ習ひごとなど好める子なり
魚なればすべてが良しと言ふならず鯛にひらめに筋子・カラスミ
シャキシャキのフリルレタスの嫩き葉を冷して食めばシャリシャリとする
生老病死忘れて生きてほのぼのと歌にとどめむ薄き葉ものを

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