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2015年9月1日更新(62号)

戦後七十年    鈴木 禮子

盆栽のサボテンの類無欲にて老境といふ路線の中に
温暖化いと激しくて枯れゆきし鉢植花もいつか忘れぬ
鈍色の枯山水の庭に立つ庭師の裡に散るさくらばな
ビート板に芥子粒ほどの種を蒔く色とりどりの千日紅を
雨水と土の温みに芽吹きたり一粒万倍卯月ここのか
長雨に花は僅かに咲きしのみ天意のままに明日をまたなむ
十二単衣むらさき深き群落が思ひおもひに花連ねたり
止めどなく葉の散る日なり「淋しいよ、遣り切れない」と誰か言ひける
一人ずつ記憶の中に影となり微笑みのみが尾を曳きてゆく
いくとせも逢はず語らぬ人にしてモアイの像とわれは思ふも
うしろでのことに愛しきネコにして手を浸しては水を舐めをり
愉しみは様変りしてサボテンの細かき花は死を寄せ付けず
いつになく雨多き年然りながら雨を悦ぶ草あり木あり
『雨ぞ降る』古き映画のタイトルとヒロインの瞳を思ひ出づる日
烏瓜の一途なる佳し一夜経て栂の木末(こぬれ)へ巻きのぼりたり
縦横に蒼き草瓜からみつつ好みのかたへ蔓を延ばすも
たは易く『防人』などと呼ぶ勿れ防衛二法生れんとする
金子(きんす)積めば征旅の難も免るる姥のささやく裏話あり
貧農の四男五男を先頭に無惨なりしか特攻指令
自らはいくさの庭に立たざれば立法といふ掟の惨さ
ゆゑよしは何はともあれ防人とふ言葉に甚くゆれしこころか
一掬の水一椀の飯供へられ万事は休す若き兵士に
辛うじて死を免れし上官が魘されて醒む夜毎の夢に
歴代の宰相の顔ならびたり帰らむよいざ帰りなむいざ
戦ひに荒れたる国を統べむとし「帰去来」とその文字のみ太し
同胞を餓ゑに晒すな政策は簡明にして揺るがざりしが
墨痕はこころ打てども衰へて影絵のやうに人は佇ちたり
綯ひ交ぜる死のはざまには芽吹きあり華燭の典はいまし(たけなは)
婚といふ節目の朝に花咲けり精一杯に一輪の桃
季節風は東へ抜けぬ秋冷のどつと寄せきて咲く吾亦紅

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