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2014年12月1日更新(59号)

祈り    稲生きみの

一心に願い祈りつつ合わす手よ自分のことはいつもおわりに
灯を点し朝のおつとめ始めるに榊の一葉はらりと落ちぬ
榊葉の一枚落ちる何となくご先祖様と向き合う思い
納骨に参列したる新しき墓地は墓碑の見本市のよう
長の姉目立つことなく縁の下の力のような 偲びておりぬ
厄年は役に立つ年と教えあり頑張りなさいと孫に伝える
落葉の道押し車おす夫と行く後姿は絵になるかも
冬空に叫んでいるよな太陽の塔は太郎の顔に似ている
ルミナリエの明かりのあとの静けさよ師走の風の通りゆくなり
ゆったりと生きて行けよとマンションの空の高みを雲の動けり
義母逝きて二十余年の過ぎゆきをこころ新たに何か畏れる
口げんかに話さぬ一日の夕暮れぬ写真の姑は何か寂しげ
賜りし歌集並べつつ「遺歌集」に胸熱くなり表紙をなでる
「迷走地図」の独り一派の語のうれし少しの自信と力いただく
継続は力になりと遠き日の恩師の言葉今も新し
師の歌集わが本棚に位置占めぬ在りし日の歌会よみがえり来
ベレー帽のよくお似合いの師を囲み撮りし写真の歌友(とも)みな若く
許すことは忘れることと思うなり吾に言い聞かせ満月仰ぐ
「この夏も乗り越えられた」と夫が言う涼風通る厨にパン焼く
海もなく山も見えぬに夏休みを過ごして孫らの帰りてゆけり
「ありがとう」と孫ら帰りぬ小遣いで買ったとガラスの風鈴くれる
遺歌集のページめくりつつ淋しみぬわれ呼ぶこえかひぐらし止まず
おもて見せうらを見せつつ散る枯葉木もれ日に光りわれも光りぬ
秘そやかに秋はきてをり一ぱいの水冷やかに身にしみわたる
底みゆる老後の蓄え知らぬふり新しきパソコンをと老夫の言う
小遣いで返済すると老夫は新商品のチラシを見する
「あけおめ」と「ことよろ」と携帯のメールに済ますを文化と言うか
納得も理解も出来ぬ異次元の世界の様な携帯の機器
本当はもっと悲惨よそうだよね映画「ひろしま」より帰りの道で
使命感持ちて生きよと文の来る思えば長き紳士(ひと)と文通

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