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2014年9月1日更新(58号)

喜 寿    稲生きみの

新年を飾りし私の衰えず今日立春の光に置きぬ
「水戸黄門」のテレビを見つつ風呂そうじに骨折りしたとう友を笑えず
本当に被災地へ届くかとアルバイトより帰り来し子が二万円出しぬ
被災者は人のみならず草くわえ子牛は倒れし親牛に寄りぬ
湯気の立つコップ持ちつつ避難所に暮らしの長く人の思わる
ことばにはならず古老の目の潤むサンマ漁船着く岸壁に
三階の我が家の生活音どれ程か掃除機の音気遣いながら
ママがいい ママきてきてと泣く声の夕べの風に聞えくるなり
手のひらに朝光一ぱい受けながら歩けることに涙ぐむなり
初診なれば三時間後と言われたり「えっ」と黙す友につき添う
婚五十年の日を忘れずに花とチョコ夫は買いきて吾を驚かす
富士見ゆる方角へ自転車走らせて職場に行けると娘はうれしげに
確定申告に順待つ人の続くなり多くの人は誠実なりし
「ありがとう」とつり銭受取るにレジの女性目をあげふっとほほえみ返す
造船の現場は石綿舞いていし無口の兄がポツリと話す
『啄木・・・』の分厚き一冊読みおえる思わず大きく息吸い吐きぬ
身の不調話すに余り聞かずして私は忙しいと医師はのとまう
母若くおくれ毛まとめて背なの子に話しかけるを見上げておりし
韓国の若者二人とふれあえり付かず離れずエル・グレコ展に
ゴミとして捨てるにしのびず階段にせみの亡がらまだそのままに
隣人がやっとローンの終るという何かと問えば「かつら」と言いぬ
頸椎の痛み和らぐ午下がり洗いしふきんに熱湯かける
はかり知れぬティアラの重み皇后の頸椎癒えませわれも病むゆえ
押入れの夫の物からあれこれも不要に思う断捨離初日
品書きにデザートの柿を「嘉来」とありし今もこころに残るその字が
三階までどうして来たのかわが部屋に蟷螂歩く忍者のように
パッチワークに針進めつつ思い出す千人針する街の光景
コッポリで渡りし住吉大社のたいこ橋塗り鮮やかに冬日に光る
歌作ノートの一冊あれば亡きあとを娘ら手にとりて読む日のあらん
今日の日を私の一番若い日と元気に過ごそうわれは喜寿なり

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