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2014年6月1日更新(57号)

薹たちあがる    鈴木 禮子

レモングラスと魚醤の味に噎せかへる舌焼きながら旨しうましと
十七歳われより若き弟を「背子(せこ)」と呼びたり背にぞ負ひける
弟のプレゼントなり猫柄のスリッパ履けば足に纏はる
末孫は小学校を卒業す ただ早きかな育ちゆく年
()にし日に土に口づけしてゐしが今日茎立ちてアネモネとなる
アドニスの恋の形見と伝へ聞くアネモネの花くれなゐぞ濃き
磯の上のしろき馬酔木を折らむとし彼方見放けし皇女(ひめみこ)あはれ
二上のさびしき山の陵墓(みささぎ)に行きて立ちたり若かりければ
鎮座して塑像のごとき葉牡丹に動きありたり薹たちあがる
二、三日水切らすとも花首(くび)垂れぬ花ありて長き道連れとする
さくら散り義弟ひそかに死にたまふ氷菓なめつつ足らひし面に
同僚の医師のひとりの声謐か「大往生」と低く呟く
くり返し囲碁を愉しみ強かりき棋譜敷き詰めし(なづき)持てれば
対局はいのちを奮い立たす水碁敵きたれば打ちし一局
人間の終焉の日のかそけさは夢のやうにぞ義弟をつつむ
裕子さんに扼されし死の無惨あり死の種々相の怖ろしき罠
櫻花まぼろしのごと咲き充ちて疏水の道べはた稲荷駅
『酢味噌和へ』蛸とわけぎの涼しくて口にふふめば春長けにけり
いくそたび春は酢の物と喜びし母なりしかな 母のバラ寿司
薬害のありてわりなき春宵や老いの多くも被りたらむ
ふじのもり・葵・やすらひ・春祭り神の依り代門辺に建てむ
紫の荒き縞目のスーツ召す邦雄氏を見き短歌(うた)のつどひに
講演会はたぶん鼎談、かにかくに盛り上がりつつ三時間酔ふ
岡井・永田・小池、三家の鼎談の六回つづきを聴きゐたるころ
六日間かさねて京のジャムセッション、本となりしを双手に開く
共に行きし優しき友もいまは亡しまたなき時は遥けかりしか
歳とりて壊滅近くなりし会、終止符打たむと電話かかり来
わが()れ歌好みと()らす人のあり白鳥の歌われは歌へぬ
古寺は蒼く苔むし弁財天かけひの水を揺らしたまへり
さきがけの祭りと聞けばサンヤレの鉦とほく鳴る生きてゐるなり

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