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2014年6月1日更新(57号)

小さき春たち    馬宮 敏江

老いのせいそれも季節のいたずらか縁の切れない五月のこたつ
ジャンケンポン 負けて荷物を持つ子等の下校の道は若葉のひかり
朱い風に揺れし罌粟(コクリコ)花果てて坊主頭が緑の波うつ
薫風と共に舞い込む納税書忘れられずに在るも幸せ
十日ほど花を誇りし椿たち新芽抱きてねむりに入りぬ
あと五分 はなれ難き朝の床窓に若葉の揺れを見ながら
お隣の愛犬の名は「修羅八荒(はつこう)」吾が家のムサシのお(なか)引き裂く
今頃は蚕飼い・田植の日々ならん蛍狩りにと誘いのたより
五月闇に天にもとどきし蛙の声いまも蛙は元気であろうか
小さき命抱きて孫の里帰り若葉の風に岩田帯巻く
水木散り卯の花・山吹しだれ咲くあっと云う間の世はすべて夏
大事にと教わざりしか惜しみなくへそ出しルックで闊歩する娘ら
今年かぎりと沢庵の桶ゴミに出す幾人(いくたり)いようか寂しむ人の
海も空もひとつにかすむ明石の海浮島、浮橋まぼろしのごと
余寒まだ残れる窓を開け放つ老い風若葉の風入れ替えて
今は臥す友と遊びし十石船岸の桜の散るを受けつつ
あの頃に友ともう一度返りたい伏見の酒蔵も遠き思い出
この前の(いくさ)と言うは鳥羽、伏見 京のはなしはまことに古い
冬の間を篭りいし友のクラス会ぞろぞろ寄り来る今日は啓蟄
無住の庭たんぽぽ・はこべら・ほとけのざ刈るにあわれの小さき春たち
ひな祭りに招かれ訪いし友の家古き家並みは竹内街道
旧堺金田村を真っ二つ分けて環状道は騒音をまく
妹子はん・敏達はんとう里をゆく深き眠りの王陵の谷
蓮経寺の空にふたつの白い雲彼岸会の読経ほのかに洩れる
くちなしとなりて語らぬ二つ三つえん間さまにも話さずおこう
カルテと顔ながめて 若いね と診察医少し良い気に坂道帰る
あの人もこのご夫婦も元気だった十年前のアルバム広げ
恋猫は餌も振り向かぬわめきつつ今宵も出てゆく恋を探して
ささやかな独りの夕餉の脇に置くみちのくよりの師の歌誌「黄昏」
命綱つけて工事の五十階「愛妻弁当です」男の子ほほ笑む

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