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2014年3月1日更新(56号)

初春の客    馬宮 敏江

雀待つ稲穂のたれる注連飾り初春の客待ちて影なし
人影も無き正月の朝の道猫横切りてゆく鈴を鳴らして
かさかさと柿の葉の散る音きこゆ地に返りゆくものの幽けさ
散り残るもみじ葉師走の陽を(すか)し今年を連れて歳越えんとす
鵯のみやげの千両三年(みとせ)経て十粒ほどの実葉がくれに光る
今年こそ欠礼したき五、六枚心決めかね書く年賀状
慌しく家路に急ぐ人の群れ 見上げてごらん今宵の三日月
行きずりの人も振り向きほほ笑ます成人式の振袖姿
三神の鎮まりおわす叡福寺(三骨一廟)どんどは河内の空を覆いて
「お志」箱にポトンと札を落しどんど背にして甘酒すする
娘や孫の置いて帰りし身の疲れ三日ごろ寝の早や七草の粥
おろそかに使えぬ男孫(まご)よりのお年玉ご先祖さまに備えしままに
達筆と自慢の亡夫の筆の跡ときになつかしなぞりてもみる
善き悪しき糾うごとき夢いろいろ今朝は笑顔の亡母に会いたり
無口なる診療医師と目の合いぬひそむ優しさ始めて気付く
半年に一度の検査すべて良好卒寿となれば何を夢みん
乗り遅れ自発待つ間の十五分一時間程とおもふベンチで
取柄なき身にも自慢の趣味ひとつ端切れに友へのはん天を縫う
スマホの手ずらりと並ぶ前の席 上町台地に春の雲浮く
娘も孫も一万人の友ありとスマホにこの世は占領されぬ
「雪やこんこ」灯油のタンクの到着すこまねずみのごと運ぶ若者
節電も脱原発もさておきてエアコン唸る今朝の大雪
何となく心足らゐし夕べなり新口村の舞台に酔いし日
「梅川」を遣う蓑助全身に遊女の妖しさかなしさ見せて
ゆっくりと香りききつつ()ぐ一煎仏に供え今日が始まる
何ですか 思わず口にしたくなる昨日の春陽今朝みぞれ降る
心萎えて身を持てあます寒の雨あじさいすでに新芽を抱く
朝の窓開くたのしみ隣家の白蓮の莟日々にふくらむ
ルバングの艱難辛苦を秘めて逝く最後の軍人小野田少尉
浅田次郎の『一路』に酔いて立ち止る吾に一路のものの在りしや

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