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2014年3月1日更新(56号)

誇れるもの    稲生きみの

病める児の小さなからだ抱きよせてボランティアわれのひと日始まる
わが膝に病児の体温を感じつつ同じ絵本を今日も読むなり
恙なき老いの日日なり買物の道に大きな入日に出合う
老い深き母喜びし完熟のトマトのような夕陽に偲ぶ
長年の思い叶いて老い友と知覧特攻会館訪いぬ
こんなにも若き命を死なしめしほほえむ遺影に胸のふさがる
「九条」を徹底討論のテレビに見る戦没者のこえ静かに聴かな
八歳の孫にわれの八歳に遭いし空襲のこと易しく話す
岡 晴夫を今日は歌いて帰りくるディサービスより明るく夫は
ディサービス利用も長くなりし夫を見送りひとりの部屋の静けさ
樹の下に楽しみいます少女らの手話活き活きと若葉に映えて
今は亡き師の短歌載りし辞典あり「続けよ詠めよ」励ましくるる
亡きあとの日の経つ早し寒風に枯葉舞いゆく寺の坂道
半盲の悲しさ言わず天眼鏡に本読む夫の(そびら)見守る
風邪に臥す日もなく夫と三月の光と風のなか歩き行く
駅頭にビラ受取ればその人の手がふれてその冷たさ残る
数ページを読みて眠らん秋の夜を表紙褪せたる『有師求道』
カラオケに夫が歌うは「祝い船」娘の婚の日も遠くになりぬ
処分すると決めし本箱の古傷を労るように夫が撫でいる
義母のこと思い出しつつ夫のため甘酒作る寒の入り日に
亡き母のショッピングカート引きながら行きて帰りぬ落葉の道を
国よりの給付金は押車そしてステッキに 一人(夫)なり
仲良しの姉妹なんかいないよねとケイタイに話す声の聞える
春雨に負けず桜の見事なり弘川寺に西行思う
黄砂の予報にかすむことなく秋の日の暮れて窓のカーテン閉じる
目を細め花を愛でいし義母偲ぶ霊地の桜華やぎ満つる
参拝終えこころ素直に安らぎぬ霊地はまこと神のふところ
いつかわれも先祖にならん心して願い祈らな彼岸の入りに
展覧会へ夫出でゆきぬ何となく心置きなく時の流るる
うから皆仲良く老いて笑顔良きほこれるもののほかに無けれど

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