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2013年12月1日更新(55号)

猿の孫悟空    鈴木 禮子

生臭物(なまぐさ)を食べるところが見えぬやう輪袈裟は外すと寂聴氏(じゃくちやう)微笑
「ステーキは分厚いほうが美味しいの」佛弟子は笑むまろき頬して
草を抜き整地もせむとする心ややに戻りて巻雲の下
なが雨に土の緩めば武装してヤブ蚊バリアを撒きつつ除草
亜熱帯をふるさととする花花がわが世の夏と京都にさやぐ
抑へたる甘み、しつこさ!パスタにはガチッと似合ふこの味が好き
異才の人に奇しき遺伝子ありと言ひ手には届かぬ星かとおもふ
凡庸の人と生れてそれはそれ地衣のみどりに胸躍る日か
切戻し、花の咲くともときめかず二度目の花を吾は望まぬ
庭隅の濃みどりの葉は厚くして絶滅品種の叡山すみれ
仮の宿とふ言葉おもへば何人も棲みたるのみぞ生きて在る間を
果敢なきは秋に入る日の通り雨ひとり籠りてゐるはよからず
崖みちを喘ぎながらにゆくときに目交(まなかひ)にただ空と秋桜(コスモス)
コスモスは野の花なりと今に知る真直ぐなるあり曲れるもあり
露の間の夢と我が家に植ゑおかむ色さまざまのコスモスの花
竹筒の花枯るるとも良しとして秋植ゑの小さき種蒔かむとす
神護寺のもみぢ彩づき初めしこと唯聞くのみの神無月尽
青透ける空たかだかと翔ぶ鳥の何とわかねど遠ゆくすがた
天変と地異こもごもに去りしあと巻雲一つことなきごとし
めらめらと西山染むる夕あかねなべてを忘れ立ちたりしばし
肉太のジョルジュ・ルオーのキリストの何処か悲しき()()にたぢろぐ
カンバスに色いく重にも盛りあげて乾けば削りけずりては描く
絵の描けぬわれはひたすら想ふのみ色の翳りの奥にある影
黒・グレー・白とわづかの点睛のさび朱にずんと絵師は溺るる
忌明けとて贈りたまひしギフト券生きてしあればシクラメン買ふ
「お気をつけて」と花売人の声背にす わが老い遂に紛れもなくて
パーマ屋の主人(ぬし)のつむりに雪散れり例外の無き老いのおとづれ
綴ぢの切れしただ一冊の『西遊記』幼き日々の友なりしかな
猿の孫悟空(ごくう)の呼び寄せたるは筋斗雲あれは空行くジエット機なりし
殿堂入りのレシピ幾枚コピーして夕餉の支度済みたる気分

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