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2013年9月1日更新(54号)

猫の絵    鈴木 禮子

猫絵ひとつろくなものすら描けないとさめざめ哭きし葛飾北斎
北斎の猫はさながら化け猫と思ひをりしが取り消さむいま
北斎のなみだに思ふ安らけくわれは世を過ぎ嘆きを知らず
仏蘭西の地下に手厚く護られてレプリカなれど北斎波濤圖
若き日の職場の友の同期会九十歳を頂にする
童顔のはつか残れる面輪にて共に()せたる穂すすきの白
寄りあふは無冠の友の集ひにて今更秘するなにものもなく
杖に身をしかと預けて泳ぐやう腰は七重の友高笑ふ
若年性痴呆のひとのはなしなど弾みて共にあげし(さかづき)
いつの間にか落ち零れたる若さかな取り戻すすべある筈もなく
夏空にひともと高き樹の(うれ)は誰を待つなくしんと繁れる
「これが俺か!」長く見つめて一葉(いちえふ)の破れむばかりのモノクロ写真(義弟を見舞ふ)
老人は夢のやうにぞ呟けり死んでしまつた男のゆくへ
開票をして満票のチーフ選、笑ひころげし五十年まへ
若き日の挿話キララに光るかな()ひ強ければ脱線多く
友の墓にけぶるタバコを供へしか「お前も吸へ!」と声かけながら
引くことを知らざる人として生きて一本通すといふ括りかた
なにごとも一途なりせば激しさを嫌ふもありて地震(なゐ)絶えざりし
ゑがきしは道のはたての夕あかり「おやすみ」貴方も(まなこ)を閉ぢて
人の世の葛藤も消え愛憎もながれ流れて薄曇する
運勢はつよしと告ぐる卦の言葉信じゐしかも歳老いてなほ
ゆゑよしは無けれど強きものはよし嫁をいたぶる(しゅうとめ)ならず
さまざまな暮らしをたつる人あれどわれ出でざりきこの蟻の穴
髪ほそり繊維のやうにひるがへる朝の鏡にわが向き合へば
黒髪のおごれる春と詠ひたる与謝野晶子の豊穣のとき
むなぐるしき炎夏の昼や冷房の目盛を下げてやつと息する
鬼貫も知らぬ暑熱に悶えゐてそよりとせしは冷房の風
宿坊にかさなり合ひて寝ねし夜や固き布団を思ひ出づるも
朝明けに叩き起され勤行の御堂にゆれてゐしともしび
仏心と記せる色紙も黄ばみたり夏の高野山(かうや)の歌会のなごり

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