目次

2013年9月1日更新(54号)

怒り    稲生きみの

ペンを銃に共に出征()きにし友は果て老いて怒りの増すと話しぬ
還り来ぬ友偲びつつ冷静に話してくださるる学徒の老いぬ
靖国に眠ってはいないふるさとにうから静かに墓碑拭いいつ
遊ぶ子の声もとだえて静かなり夫と過ごせし今日も日暮れぬ
ニュータウンも住人もまた高齢者の増なる数字市の広報に
猫にまで手を振ったとは候補者の志低し参院選終る
なんとなく何かが変ると願いたし参院選終りバンザイを聞く
合併症は触れずさわらず糖を病む夫の診察三分と少し
幼児が玩具に遊ぶさまに似て夫はカメラをまた手にしている
名を呼ばれ診察室へ老い夫のまあるき背なに手当ててその妻
朝夕の配達をして新聞の勧誘に歩く異国の青年
カーテンを、窓を開ければ朝の日のみ光清らに部屋にあまねく
守るべきものなどのなく守られて今日あるいのちと深く思いぬ
頸椎の痛み和らぐ午さがり洗うふきんに熱湯かける
散る花を惜しみて人の途切れなくまこと花の命短し
明日終る造幣局の通り抜け残れる八重の華やぎ仰ぐ
花よりは過ぎにし日日こそうつくしく金婚の夜夫と語りぬ
人生の金メダルかな五十年を夫と生きこし歳月想う
春の日は奥まで届かぬ古民家のあるじ媼のそのたたずまい
もの言わぬ大黒柱に物言うて長きあるじの座を守りいる
争はず負けない論理に生きる知恵ゴリラにあるよと教授は語る
夜学ぶ人の思わるる新聞の切抜きの模写心してする
寒空に凛と咲きいる梅のよう車椅子の友 笑みを絶やさず
寒空に職なき住なし若者の「100円で夜をしのぐ」国の有り様
遠いから高齢だからを言訳に少しの募金に日を過ごす吾は
有る物を使ってゆかな、デパートの食器売り場を行きつ戻りつ
病み長き人の逝きたり通夜の雨小雪まじりに降り止まぬなり
デイサービスの食事は美味いと夫の言う 感謝の言葉連絡帳に
ママがいいママきてきてと泣く声の夕べの風に聞こえくるなり
秋深む日暮れは寂しもう一度会いたい人に会えぬ気のして

▲上へ戻る