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2013年9月1日更新(54号)

朝の蜘蛛    馬宮 敏江

朝の蜘蛛鬼に似るとも殺すな と亡母の言葉に居座る一匹
仏壇の供花の鬼灯朱あかと僧の棚経の透る盂蘭盆
彼岸より御祖(みおや)の帰る道あかり鬼灯の枝たっぷり供う
西窓に細竹(ささ)の葉揺らし入る風炎暑を忘れる朝のひととき
片羽根の揚羽が蜜柑に生み付ける卵残らずすり潰しゆく
芋虫がみかんの新芽を喰い荒らすしばらく我慢とび立つ日まで
四万十に四十一度の日の続く「なんじゃこれ気象」土佐のユーモア
神山(かみやま)は卑弥呼の在すと伝えこし阿波より土佐へ続く杣道
カーブしてまたカーブして大河に沿う車窓に迫る阿讃の山なみ
十余年花つけざりし文旦の白き花房芳香放つ
窓一面となりの紫陽花風に揺れ癒されている吾が家の借景
線路沿い。空地をポピーの席巻す晶子の詠みしコクリコならん
しかすがに向日葵、鶏頭うなだれて何時まで続く炎天の日日
このひと日幼の名前に呼び交し少女となりて夜の更けるまで
在りし日に亡夫の愛しみし姪逝きぬ代理の吾が掌を合せ来ぬ
用の無き身となりたしと思えども冠婚葬祭わたしの役目
斎場へ何と寂しい山路か能勢の山風うけて上りゆく
よちよちの幼の後より歩行器のばあばも同じ速度の病廊
伊勢の海に落ちる夕日に出会いたり得せし思いの知多の宿りに
廃屋となりし常滑の登窯 観光用となりて生き継ぐ
息子()の腕に支えられつつ「やきもの道」少しくやしく上りて下る
注ぐ煎茶「(つい)の一滴を玉の露」と宗匠の声清らに透る
予報士の「通り雨がありましょう」なつかしく聞くやさしいひびき
ふき、みょうが、柿の実も成る友の庭かくれんぼ遊びふとしたくなる
茂るだけ葉を茂らせて花つかぬ縞擬宝珠のこのサボタージュ
ホームには乗客二人と鳩一羽特急「高野(こうや)号」轟然と過ぐ
捥ぎたての友より届く野菜たちふる里の香と蜘蛛の子も連れ
炎暑避け吾が実を労う日々のみを椿、木蓮の莟を抱く
海と空ひとつに霞む茅渟(ちぬ)の海群れる漁船の空に入り行く
虫のこえ二日前より聞こえます 都会砂漠に友よりメール
内戦の未だ終らぬ瓦礫の街シリヤの子等の悲しいまなざし

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