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2010年9月1日更新(42号)

すずめの豌豆    鈴木 禮子

気難しき気象つづきてひとごころ荒みゆくにか水無月なかば
おさなきは少年となりさやかにも揺れて止まざる幹を持ちたり
愉しみて自が小説を読めといふ『あとがき』ありて既にしらけつ
マニアックなものを読むには向かないと子に言はれをりiパッド
セレナーデ誰か聴かせよ力失せ色も褪せたる葦のそよぎに
行き暮れて溶暗にゐる果敢無さや唯あるがまま行く他はなし
老人は影のやうにぞ現はれつ杖にすがりて足を引き摺る
乗馬暦二十 ( ) 年の好漢が手に兆したる麻痺を告げたり
ゆふぐれの階調とみに穏しくて 一生 ( ひとよ ) の果にふたたびを見む
とめどなき真夏の落葉一斉にテロルの死者か土に散り敷く
はらはらと落葉の散るはさびしいと初老すぎたる歌人の言ひき
夏落葉さびしきものと言ひたまふ学者の君のそののち知らず
『とこしへの川』に対へといふ企画 竹山広氏水のごとしも
(2010年8月2日NHKの放映あり)
原爆の劫火に胸の疼けるを鎮めむとしてながきとしつき
原爆の 短歌 ( うた ) をこの世の名残(なごり)にて君死せりけり竹山宏氏
画仙紙を水で濡らして筆を執るアッシュ・グレイに不安はにじむ
たぶん今が一番いいときかも知れぬ歩行可能なる膝を撫ずるも
介助人の助けなくとも生きてゐるこの現実を喜びとせむ
十年前と少しも変っていないなど世辞を言はれてとまどふ我は
回覧板をポストに入れんとするわれの ( あと ) 足全く上つてをらず
あれはいつかの私のやうだ縁石を越えなむとして転びし折の
仕事終えしあとに湧きくる歌づくり「在りの ( すさ ) び」とわれは名づくる
歯医者さんの門を叩いてゐるうちは未だ良しそんな安けさありて
ご贔屓の 歌人 ( ひと ) の世界にありつれどこのごろ頓に倦みはててをり
きつかけとつづまる先は凡そにそんなものだと括りて忘る
色調で言へば古りたる褪色の世界かここが一番落ち着く
炎暑の日、嵐に豪雨、激しさにどうやら向き不向きありて短歌(うた)は
( あで ) なりや ( こう ) のゆふばえ身の芯も染まりゐるかとおもひつつ見る
方寸のかどさきにして溢れゐるすずめの豌豆むらさき淡き
どっぷりと歌の世界に浸ってた これも駄目、あれ良し、これも駄目

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