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2010年6月1日更新(41号)

ねずみ花火    月山 幽子

これの世に無用の女洋梨を食めば小さき罪犯したし
幻のはなしを求む幻の吾にてあればすべて幻
手のしびるる夜も放火魔あたたかき指もて的を絞りゆくらむ
独り鍋背なか丸めて食む老いに雪の兆しの稲妻の刺す
明日地球の滅ぶるとても枇杷の種荒地に埋む明るき顔に
ゴージャスに花で飾れば比例して部屋に砂漠の風は吹くなり
シベリアン・ハスキー連れた老紳士無精髭なく背筋は伸びて
長調しか歌へざる声帯が海鳴りにあひ短調発す
銀色の光はなちて太刀魚が鱗もたずに無防備に生く
昼どきに内緒で河豚を食みし奴テトロドキシン猛威を振ふ
ショッキングピンクの豚くさ乾燥し霧を求める気を漂はす
生ぐさくなき ( さかな ) こそ魚なれ鳴戸の海にみがかれてゆき
マーブルの文化に疲れフレスコ画鮮烈な色 眼痛起す
その手紙サンスクリットで書かれゐて三下り半と気付かざりしを
木に残るザクロの一顆樹下にきてみつめてゐるは狼(らう)の末裔
公園でねずみ花火をしてゐるは誰なのだろう雨降りはじむ
漂白の臭ひの残る俎板に寒々みゆる死の手術室
ディナーショウしめるは女性 男性の僅かにあれば疑惑も湧きぬ
隣には墓地の広がる病院に冬日ぬくぬく溜まりてゐたり
金色の踵するどき靴をもて蹴りあげたきは飢ゑた狼
人に似せ神を作れる人間の哀れな遊び何時まで続く
ポロポロとポインセチアの葉の落ちる指がぽろぽろ落ちる連想
紅色のシクラメンには触れない気高きものが欠ける気のして
背中には青き風の手、足もとにガラスの如きが乱反射する
いつの日か鉄扉の奥に焼かれなむ宿主食らひし癌細胞は
シナモンをたっぷりかけたトーストにピクルスのせる匂ひの重し
生れこぬこと一番と言ひながらきっちりと飲む薬・薬を
階下にて犬の啼きたり常として時計不要の夜の時刻は
真綿色のシクラメンにも清からぬかげりをもてり光さんさん
星も落ち闇深くなる都会には軽き明るさ続きゐるなり

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