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2010年6月1日更新(41号)

白い紙飛行機    馬宮 敏江

降る雨も今日より弥生一枝の沈丁花の香の部屋に流れる
地下鉄は地上に出でて淀川の眩しき水辺に白鷺の二羽
空き家のすがれし垣根に梅一輪一輪ほどの春のおとづれ
辛夷とも白蓮とも定まらず何時しか果てぬ長雨の中
若狭より大和へ送る水のみち古代の不思議「鵜の瀬」に立ちて
おぼえ無きこの芽何の芽ふんわりと揺れるさみどり鳥のお土産
()が生けし季節の花に包まれて辻の地蔵さま雪柳の奥
頭島。鶴島。佐木島。瀬戸の海 それぞれ名を持つ小島なれども
大空に届けとばかり入社式いっせいに舞う白い紙飛行機
まっ(さら)の笑顔のならぶ入学式まっ白のノートに始まる人生
この春の桜狂いは伏見より海津大崎又兵衛桜
黒塀の伏見の酒蔵岸にみて柳桜のもつれて揺れる
寺田屋に残る弾丸痕刀傷ファンに竜馬はまだ生きている
よしきりのひと声聞きつつ葦の間を手漕ぎの船に揺れて水郷
花の雨に煙る安土の山頂に絢爛の天主描きて見たり
碧天に舞える天女の羽のごと小糸しだれの舞う大野寺
思わざる花びら散らす四月の嵐日本列島寒波の覆う
無き友の土産に賜いしカウベルの扉の開くたびに変らぬ音たつ
この道にまた踏み入りしか処分まつ犬の泣き声耳をふさぎぬ
またひとり息子の片方(かたへ)に越しゆきぬ終の棲み家とならざりし町
それぞれの個性たもちて幾十年歌会をつなぎ老いも重ねぬ
若葉の山借景にして万花咲く時間のとまりし縁側に酔う
鶯の啼く音に目覚める朝あさをゆっくり始まる故郷の一日
したたかに裂け目に咲きしひなげしの舗道を占めて朱き風吹く
指を吸いみどり児眠る乳母車葉桜のみちママに押されて
息子も孫も話題の少ししめりがち五連休の最後の晩餐
さらさらと音たて米櫃満たしゆくこの豊かさに馴れてしまいぬ
宰相は質素にありたし鷹山も吉宗ともに国を興せり
「百年をかけて作った種牛です」悲惨のニュース涙湧き出ず
ビルの間のぽっかり小さな公園は夕陽の遊ぶ だーれもいない

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