目次

2009年12月1日更新(39号)

左手    矢野 房子

マネキンの顔入魂の仕上がりに製作者の思ひやっと一致す
斯くまでにこだはり見する顔造りたかがマネキンされどマネキン
クイズ戦の決着決り悔し泣きの高校少年に友の存在
周囲より「友情っていいね!」と飛び出す声 若き対決終りたる時
押入れ戸の染み隠すため筆を採るいつしか彼岸ざくら爛漫
風蘭を鴨居に吊し部屋いっぱいに和蘭の饗宴みどり艶めく
蘭作りを生き甲斐とする話をば知らざる吾はつぎつぎ待ちつ
白樺の樹を浮き立たせ信州の宵はむらさき一色の世界
秋来れば旅の回顧の一景をふたたび点しこころ繋ぐも
時々はお洒落と云はれ笑まふとも引き戻されて老いが横ぎる
我の歳を二十も若しと褒めくるる百五歳の(ひと)しゃきっと歩く
回り年の「虎」の年賀はもはや無しされば初はるの虎を描かむ
描くほどいかにも虎の眼にならずされど挑戦せねばならぬと
名店のあんころ餅の柔かき喉越しはわれの満足となる
陽差しうけ折鶴蘭は「元気よ」と声を発してみづみづと在り
イギリスにたった一人の孫娘靴作りとや音沙汰もなく
靴造りに人生かける(いきほ)ひに二年(ふたとせ)経ちぬ なべては遠く
わが編みしレースのセンター仕舞ふとき右手(めて)を褒めやう働きし手を
男手と笑はれし手は細細(こまごま)と手芸の技を身近に残す
左手よあなたの支へありてこそわが折紙の仕上がり()しき
梅酒瓶に残る梅の実クリクリとジャムになる日の出番を待ちぬ
わが視界うす紫にけぶりたり夢か現か信濃の夕べ
草もみぢ見出でし信濃夜となれば白樺林のシルエット濃く
本の中に挟まれてゐし唐紙なり小さき御影(みえい)の朱印押されて
▲上へ戻る