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2008年12月1日更新(35号)

夏は逝く    矢野 房子

桜つなぎの手摺り千代紙おもむろに貼らむと思ふ木版なれば
黒色の竹筒あれば湧き出づる思ひのままに千代紙を貼る
ふつふつと考へながら居る時間(あした)(かたち)ときまりてしまふ
昼になりなんぞ変化をと見出でたる新味は輪っぱの弁当の箱
曲げものの弁当箱に詰め合はせ昨夜(よべ)のお菜なれども満ち足る
脳パズル一息しつつ省りみる一富士・二鷹・三茄子(いちふじ・にたか・さんなすび)なり
未熟さを何もなかりし事にして淡々とあり得がたき友は
花巻と宮沢賢治尋ねしも友の企画ぞみちのくの旅
情深き友のおかげと今にして遠き回顧の東北三昧
縁側の大庇より垂るる朱 窓明りせるは吾のみの場所
つる首の倉敷ガラス、泡といゝ歪みをみればなぜかいぢらし
しばらくをワイングラスの美に遊びそれで良いのか遠く来し吾
卓上の刺し子は吾を放たざり糸目ににじむ亡き友の(さが)
藍ぎれの刺し子の小布団(ふとん)わが(せな)に、支へくるるは友かと思ひき
夏は逝く夏やつれさえ涼風に消えて火色の茶碗(あたら)
われの目を亦も呼ばふか水引草ちいさき小さきその赤の粒
熱く生き人間か土か土瓶残し窯人(かまびと)逝きぬただに悔しき
土瓶手に友の身内と()らば尚一入深まる土の匂ひぞ
夢高く土とつき合ひあまりにも一世短かし土佐の工人
碧々と海を見下ろす丘の上に志消えし三太郎工房
土と遊び火と遊ばむと彼は云ひ窯に燃えたる井内三太郎
高原の水平線上流るるは地息なりとふ生きゐるごとし
白カーテンの隅に夕日のかたまれば宝石めきて一日(ひとひ)の終り
コスモスと青空の(ほか)何もなし花野の空間 このネガの中
もう行けぬ旅ゆゑに恋ふ東北のブナの林の黄なる絶唱
十月の斜光一層ふかくして黄をあびてゆくブナ並木道
わがためにレンタカー借り紅葉の三千院めざす息子()ら優しかり
初々しく紅葉耀き緑葉ゆ浮きゐてにわの杉立つ間
落葉なき苔の蒼さに立つ杉と紅葉まぶしみ生甦る
紅葉なす三千院を下り来て嫁が運転の(せな)に安らぐ

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