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2008年12月1日更新(35号)

花盛りの森    月山 幽子

一度だけ紙を切りたる包丁に清純あらぬ包丁として
磔刑のかたちをすればみだらなる聖女の笑ひ空を汚しぬ
おろかしく摂取と消耗くりかへす人間(ひと)と樹海と鉱物さへも
死を待てる人より時計を奪ひたり冥府の時を永遠と呼ぶ
胃袋の奥にさかしく鎮座して悪事つむげるランゲル・ハンス島
春祭 神をかついだ(をみな)らの失禁しそうに身をくねらせる
ぎんぎらのヒールを履けば何故か『あいつを蹴れ』と強迫のバラ
片隅のちぎれた指の発酵をサフラン入りの酒もて祝ふ
身の裡の蒼き奔馬となれあひて菜の花畑に深呼吸せり
羅のごとき夜明けの色の失はれ発疹みせるある朝の陽は
チンドン屋についてゆきたし猥雑の町のはずれの花いちもんめ
長すぎる腕の男の海豹の斑入りの卵を掴みそこねる
一攫千金ゆめみて熱き語彙あはせ安価のコーヒー卓上に病む
みだれたる形成空間そのなかの乾ける造花に水滴のあり
帆を張れぬ病者の眠りの近未来ダリアの花の毒どくしけれ
濃淡の緑のゆらぎ美しけれどわれの加速のアンビバレンツ
首塚の祭りの夜は野合さへ淡く蜜なり花ざかりの森
鳶職の汗の香りの思惟よりも美学のやどる胎盤をもつ
男こそわれの踏み絵と避けゆくに鐘ひびくなり禁欲的に
玉の輿(こし)の転落少女 谷間には杜鵑の死るいるいとして
空井戸に捨てし鏡に太陽の光とどけば艶めくをみな
しんぞうの消化不良を起こしたりもののあはれの遠ざかりゆく
青色の睡りの夢の終りには塩屹立す夏の黒海
くれなゐの蜘蛛たれてくる夜の縁びんかんとなる硝子の皿は
内臓をすりかへられしロレックス腕の虚栄に燦たるひかり
白銀の滝りょうりょうと響くなり一粒の薬 幻視へさそふ
病さへひとつの個性とおおらかに向日葵ばかり咲かせゐるなり
おだてても乗らざる豚が無蓋車にぎゅっと詰められ罪の風吹く
白雪を掬ふときにも祈りにも冒涜的なキッチンハイター
漂白剤死への誘惑おもふなり青、白、蒼白、致命の脱色

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