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2008年9月1日更新(34号)

食の系譜    月山 幽子

年寄りにクローンステーキすすめなむ老齢なれば害遅からむ
レタス食むしゃりりの音のすがすがしアグレッシブに天を仰ぎぬ
あぢさゐの空に滲める朝にして王朝風に飲むミルクティー
虹いろに白桃ひかり汚れなき指もてはぎぬそのうす皮を
子を好きになれざる親と親すきになれぬふたりの懐石料理
しゅくしゅくと憎悪のジャムを煮詰めたり手もとにあらぬ仕上げの檸檬
生きる意味いづこへゆくか大仰のことは惟はずまづレモンティー
みづうみの澄みたる汗の青年が蒼きアスパラカリカリ齧る
リゾットのコーヒーをよぶ昇華せる憎しみ愛と呼応せるがに
塩ぬきをすればする程からき魚糖分過剰に麻痺する味覚
サフランをいれたパエリア青年は孤独に燃えて貪り喰へり
タンホイザー語感なつかし老残が雫したたる桃に窒息
砂糖なしの餡を作りぬ ねっとりと甘きロゴスに骨軟化せむ
卓上の岩塩の光、活わるき鶏魚は塩の愛撫をいそぐ
皿上のめだまやきににらまれる娼夫でありしなつかしきとき
一円を拾ってかへる夕ぐれに国産レモン一〇個かひたり
廃屋の庭の無花果ポケットへ醗酵前の不定愁訴も
手もふらず遠ざかりゆく異星人ざくろ千個をのこせしままに
こわれさうな平和の中にカレー粉をマトンにまぶしゆふぐれをまつ
ズッキーニ・ズッキーニとひとりごと無聊の顔をすこしだけ好き
病みづける杏の夕陽をそのあとのたゆたひながきドリアンの月
白人の乗りくるときのエレベーターベーコンエッグの匂ひもわもわ
野火いろの懈怠かぎろふ夕つ方柘榴をわりぬましろき指の
まよなかに青き兎のやってきて「わたしの肉はまずい」と言へり
枇杷の種大きすぎると眺めゐる茶色の種は矛盾のごとし
原爆のごとく牙むく柘榴の実 こわさをもてる()しきものみな
祭りの夜息ひきとれる者の居む葬礼の酒はなやぎにみつ
ほほづきいろの夏の愛撫に疲れたりステーキを欲る朝の食卓
強引にコーラー注ぐ入れられることを拒める青きグラスへ
よごれたる指の記憶に冬瓜の白きがしみる真昼の闇に

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