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2008年9月1日更新(34号)

蝉しぐれ    鈴木 禮子

水無月と名づけしは誰身めぐりは碧く濡れつつ雨降りしきる
あれは沼 濃みどりよどむ水際にまだ来ぬ人をただに待ちしか
ハナムグリかさなりあひて蜜を吸ひ白きすみれは踏みしだかれつ
白樫と栂の木、擬宝珠(ぎぼし)・やまばうし、雑木の庭にかこまれてゐる
梅雨といふ恵みの雨に濡れそぼち青葉若葉もベリーも碧し
蜥蜴の尾あをみどり色はた銀の色灼けつく石の(あはひ)に消えた
ひとり旅も叶はぬ(よはひ)庭に生ふる宿根草の花に賭けゐる
信長公(いはほ)の女性に好みありみめうるはしき早乙女ならず
霜月のキリギリス尾羽打ち枯らし先行きは宇宙の塵に紛れむ
地球環境あやふくなりて夏涼しき洞爺湖畔にサミット開催
砂漠化せるアフリカの餓死、手を(つか)ねつつ日は過ぎむとす
たたかひの犯罪ならぬ時世すぎ命みじかく蝉啼くばかり
国策にあれば犯罪にあらずとぞ消えし東独のドーピング問題
蝉の声間遠になりてグルジアの遠き戦火も収まるらしき
観客は猫が一匹シミに似る蜘蛛の子ひとつ、屈伸(のび)終ふるわれに
琥珀玉の輝き見する猫の瞳の何語りしやその意味不明
てのひらに納まる嵩の(つむり)して猫のピノコのなす芸多彩
いくばくか歌書きつらね朝を待つ痩せし木の実も篭に並べて
かにかくに夜の明けゆけば八月の朝に恋ふなり水辺のひかり
〔スーパー白兎〕すっとホームにきて止る青き波濤をしりへに曳きて
ひとつふたつと実りゆきたるオクラの實食うべてかろきわれの晩年
短歌(うた)も亦摘みたてが良く露じめるバラの一枝に人触れがたし
言ひつくせば歌の命の消えゆきて追へば逃げゆくこのナラズモノ
英国に孫住むゆゑか心(ぬく)しカズヲ・イシグロの書くものがたり
外つ国の運河を渡る舟にしてわがをさなごの笑み負けし顔
紅蜀葵、夏空のもとに高々と紅流したり狼煙のごとく
紅蜀葵・蝉と(はちす)がわが夏と誇りかにきみ帰りゆくなり
炎熱のときうつりゆく気配して湿る肌へのやや乾き来つ
ゑにしある人に痴呆の募りしと聞き取り難き電話にて知る
来ては去る理由もいよよ混沌と有機体なり人の集ひも

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