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2008年6月1日更新(33号)

為吾母堂(ははのために)    矢野 房子

日本のシルバー野球少年?らハワイ球場に虹の歓声
六十年時空を越えて球場に元兵士らの皺しわの握手
新入学の机作りし夫の意をまっとうせしか吾息が足どり
深き疵とくろき手垢の光りたる古机(つくえ)後輩に譲り世に発つ
久しくを過せし下宿の古机振り返るなく吾息は去りたる
今年又お目もじ宜しき粘土雛鮮しきまでの香りをふふむ
並び立つ土雛に思はず笑ふひと心ゆさぶるこの愛しさに
古るわれにこの眼差しがたまらないまろき土雛棚に並びて
莟いざ張りさけむばかりに開花待つ初めて出逢ひしかの日のやうに
二十三歳日本に帰り始めての桜花見上げぬ 涙するほど
隣家の白壁写る部屋にをり桜は無縁の机上の雑用
癒されて身を運ぶとき春陽よし何をくよくよ川端柳
鴨川の瀬に若柳ひかりつつしきりに揺れて三月の尽
杢斉と己が名付けて篆刻す息子の()りし石の印鑑
鑿あとの「為吾母堂(ははのために)」と小さき文字 石あたたかきしばらくを掌に
唐突に送り来し桐の小箱なり男の仕業すべてあらはに
著莪(しゃが)の花に鎮もる羅漢の(めん)哀し やり場なく遂に振り返らざり
実のなる木、キンカン、ブルーベリーわが希ふ知恵とし受けてきっと植ゑむよ
醤油漬けの梅の味はひ聞きしより梅の出荷を待つべくなりぬ 
清流は村を分ちて緑濃きクレソン群落豊かに保つ
捨てるはずのエプロンまとひ肌寒き雨の日ならば人も来たらず
千葉の家の庭の花むら母の日は箱につめられわが家に来たる
王様のバラに侍るはスイトピー色とりどりにとび出してくる
庭一面に()が丹精の花々はおのもおのもに吾に向けし貌
稚な木の黙々と立ち風も鳥も緑をめぐり森は息づく
草笑ひ木も川なべてわらふとふ森ゆく人の美々たることば
松阪はやっぱり遠い所なり尋ぬるホームも迎へるものも
ザビエルの写真飾りて生活の友が一隅ホームに在りて
母親を送りし年になりていま(せな)まるき妹と迎ふ二十三回忌
好む(いろ)はっきり決めるわれがあり己が生く()に色発信す

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