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2008年6月1日更新(33号)

むささび    鈴木 禮子

ささやかなアンデパンタン、遊びでは更に無くして紅蜀葵(こうしょくき)たつ
終刊の歌誌手にとればやるせなし(うたげ)のあとの吐息にくもる
雪の坂を降りんとせしが叶はずて足踏み絞りやうやく戻る
励めという筑紫のくにの歌びとのたよりを受けぬ午後より雪に
晩年の愉しみとして詠む短歌ふるき詩形の底紅のいろ
彼岸ゆゑ(とほ)に死にたるいもうとと短きことば夢に交せる
もがきつつ寒き夜更けに夢を見る予想外なることのなりゆき
夢のなかで妹の死を覚えをり死は厳かに紛れざりせば
なにゆゑに青衣(しやうえ)の女人顕ちませる奈良二月堂春あさくして
キシキシと六弁の花きしませて陽を浴びゐたり白ヒヤシンス
生殖の機能喪ひたるネコが人を友とし摺り寄りて来る
友ありてわれに短歌を賜ふゆゑ「迷走地図」の暖簾は引かず
選択を跌たざりし小詩会さびしき庭に来る鳥もゐる
残りたる悦びのなかの一つとしわっと噴きだす青の群生
ひとつ仕事了へて出で来し往還に葉ざくらとなりし碧はきほふ
もう誰も居らずなりたる家のやう解体寸前、解体寸前
アッシャー家今わらわらと崩れゆき滅びの時といふ禍つもの
歌に深み重ねむとして経典のことば拾ふありその付け焼刃
異界は蒼くけぶるならむと云ひませしうたびと逝きてはや初七日に
むささびも()の仔も連れて口つぐみ荒れ山道をゆく青童子
春先の夢見にたちしおもかげは子午線の繭かかげてけぶる
光を放ち交信すとふ天蚕(てんさん)のさま熱く聞く若かりしかな
赤岩のかたへに佇ちて見つめしか歌碑くらぐらと雪の来るまへ
疵のなき木蓮しろく天を突くそのつかの間のひかり一閃
ひずむ短歌よみがたくゐて本を閉づ長き迷路に疲れし心地
歯の手入れ人に委ねてあきらめて猫のピノコが口開けている
稲妻の光芒ののち何びとか(おら)べるごとし無為を悔めば
雷鳴を怖れこの身を寄せたりしはらから消えて走り雨くる
花薔薇(はなしゃうび)かずかぎりなく咲き出でて五月はうすきくれなゐのいろ
降霊のごときか短歌身震ひて我にふりくるいづこより来し

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