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2008年6月1日更新(33号)

あいつを蹴れ    月山 幽子

一度だけ紙を切りたる包丁に清純あらぬ包丁として
磔刑のかたちをすればみだらなる聖女の笑ひ空を汚しぬ
胃袋の奥にさかしく鎮座して悪事つむげるランゲル・ハンス島
死を待てる人より時計を奪ひたり冥府の時を永遠と呼ぶ
春雷に打たれた鴉つやめきて煙なびかせ宇宙(そら)へと落ちる
KY氏気高き調べつくるゆゑ肛門なしと確信をする
春の日にさくらの花の非在なら逆に育つる安堵のおもひ
おろかしく摂取と消耗くりかへす人間(ひと)と樹海と鉱物さへも
もういちど食虫植物そだてむか怖くなりそむ明るき日日が
インスリン色の空より稲妻の薄き男の胸腺を切る
汚れたる紋白蝶の廃屋をめざしてゆらぐ墓地のはなやぎ
春祭 神をかついだ(をみな)らの失禁しそうに身をくねらせる
羅のごとき夜明けの色の失はれ発疹みせるある朝の陽は
片隅のちぎれた指の発酵をサフラン入りの酒もて祝ふ
あわあわと清純な恋なつかしむ幻の世へ逝きし人はも
身の裡の蒼き奔馬となれあひて菜の花畑に深呼吸せり
フィジー島 星泡立ちて多きゆゑ星座になれぬ南十字星
うなだれて男らはゆく春の日にゆがんだ足を咬む黒い犬
ぎんぎらのヒールを履けば何故か『あいつを蹴れ』と強迫のバラ
ひからびたランゲルハンス島いじめられ無塩の冷たき吹き上げひかる
チンドン屋ついてゆきたし猥雑の町のはずれの花いちもんめ
長すぎる腕の男の海豹の斑入りの卵を掴みそこねる
みだれたる形成空間そのなかの乾ける造花に水滴のあり
濃淡の緑のゆらぎ美しけれどわれの加速のアンビバレンツ
帆を張れぬ病者の眠りの近未来ダリアの花の毒どくしけれ
一攫千金ゆめみて熱き語彙あはせ安価のコーヒー卓上に病む
偽りに囲まれ安き日日にして真物ありて不定愁訴が
ベランダに花びら数枚まよふ昼ずっしん四股ふむ二階の弁護士
吾が余熱ぢらさんとして体操す柔かき肉に殺意をこめて
(ひび)入りの木星の陰しるときに夢殿の建つ天津みそらに

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