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2005年9月1日更新(22号)

レクイエム(三十首詠)    鈴木 禮子

あかねさす召集令状かざしつつ逝きたまひたり塚本邦雄
息子奴が神のごとくに崇むるが歌人邦雄と言ひし人も果つ
擦り寄るは猫にてもよし夏の挽歌ひそかに低く舌頭に乗す
描くことは生きゐることに他ならずピカソ九十二歳の終焉
同じ夢を醒めて思へばゆゑよしも定かにあらず獏も喰はざる
闇の中に見え隠れする顔を描かむ吾が生きの日の証ならずや
灰白の時の凝りてありしかな風わたりゆく安曇(あど)の川上
とく起きて漁船に乗れるみたり子の古宝玉なりぬめる飛び魚
小さき掌に固く握りし小魚(こざかな)の記憶は長く忘れざるべし
岸近く魚動きたりわれは今何者のための岸なるらむか
海彦と山彦ありきゆきなづむわれはもとより平野びとにて
夏に萎え老いたる猫はねむりつつ身を養ふに一途なるかも
歌はもう詠まぬと告ぐる君にして何をか云はむ夏のおどろや
水無月を境にはたと途絶えたり日ごと五首盛るきみのファックス
「道連れ」とふ言葉せつなしたづさへて「迷走地図」は共に書きたる
ホラー小説精緻に書きて桐野夏生何を逃れむとして物語りたる
新聞のコラムに匂ふ「言の葉」が今宵は青くそよぎてやまぬ
払暁の空しらじらと明かりきてよしなしごとは最早思ふな
ロンドンにテロの荒べる日の夕べ子は報じ来る「わたくしは無事」
カペル橋ゆ眺むるに昏き水の色 子の写メールの異国のにほひ
「母さんのペンフレンドの国にいる」云はれて顕つか青春の日々
スロヴァキアの細き青年オランダのお爺ちゃんみな友と呼びたる
若者にホリエモン語は浸透す「中欧は想定外に良かった!」
夏の花、()の申し子と生れしか天人菊や黄色ハマギク
石を染むる晩夏のひかり昏みきて啼きたつる蝉の聲すでに無し
モルヒネの力を借りてねむる君に死はまつらふか安けきさまに
もつれあふ黄揚羽の夏短くて時識るものの確かさに翔ぶ
ひっそりと紅葉の根かたに蝉死せり蟻に曳かるるまでの時のま
アリランの峠越えきし〔(ハン)〕の歌千々に砕けて()の盆に響る

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