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2004年12月1日更新(19号)

風のひまはり(30首詠)    月山 幽子

篁をぬけるに道のかき消えて鋼の滝のたちはだかりぬ
海ぞこの博物館には錆びつける貝のかたちの古代武器あり
いつまでも治らぬ創の罰として脳にからます紫葳(のうぜんかづら)
ぶよぶよのああプよぷよの塊が流されてゆく地下水道を
みづもれのなきに水音ひびくなり天の深井の罅われてこし
杳き日に碧の氷河に閉ぢこめし黒豹の精 夜明けの近し
滅亡の仕上げのときか終りなき戦火鎮めんロボトミー手術
とめどなくバターは溶けて何事も起らぬ昼が青年焦らす
たましひが一糸まとはず片隅に息こらしゐる夕陽に灼かれ
受けとむる床の硬ければ首飾り落下の音の冴え冴えとして
蕋切られ去勢されたるカサブランカ地下街にあり白の極みに
倒れゐる脚立の傍にいっぽんのバラをし置けば被写体となる
蜘蛛に血を吸はるる虫の朦朧をもたらしくるる白き錠剤
自閉症ひとつの個性とほめそやす優者の側に欠落あれな
摘出のすいぞう入るる器には青きギヤマン相応しからむ
勘違ひさるる惧れやうっとりと誠意の文を書かぬ文月
せいしんを狂はす罠をかくさむか堀めぐらせるみどりなる城
バイブルを詩として読めり闇こがす無縁の火事にみとれるやうに
真夜中の厨で魔女がスパイスを調合してゐる木洩れ陽みたい
戦火にてただるる空に浮く月や殺戮は人の属性にして
月の出の遅くなりたり月夜茸月待つゆゑの消耗はげし
ひともとのバラの傾斜のアングルが肉の重きを忘れさせくる
「食はせてやる」男の切り札すりきれてカラカラと鳴る風のひまはり
スナメリに添ひ寝をしたき昼まひるさしずめ青きカーテンをひく
病むことの酩酊ありて白銀の海ただよひぬ 酔ひどれ船は
むらさきの残照あびてこんこんと眠りつづけるわれの仮面は
ひとたびは海に向へる蝶にして想ひあるべし(みぎわ)にかへる
帰りゆく茜の部屋にカラカラと腐臭をもたぬ造花の待てり
デパ地下は胃袋ばかりたむろして黄昏どきに胃液の匂ふ
火葬場のちかくにそよぐ洗濯物こげし蛋白質の匂はむ

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