目次

2004年12月1日更新(19号)

万事休す(三十首詠)    鈴木 禮子

晩夏光背(せな)を焦しぬこと全て終りてゆかむ気配色濃く
さびしきは晩夏のひかり やがて畢ることの次第を思ひて黙す
七つ八つ夕べの窓に灯は点り夜の序章はひそかに滑る
夏の日の残響のごとく雲は垂れ延びし朝顔の蔓断ちおとす
アンテナの定位置にゐて炯炯(けいけい)とカラスは狙ふ(ごみ)のひとやま 
大気温度二十一度となりたれば甦りあり人にけものに
「心締めてぐっと耐ふるが吉」といふ今日の占こころに点ず
(のぎ)の穂を噛みゐる猫の耳が見えやがて彼岸の朝涼の庭
その旅も終ると知れよ一瞬の光芒ののち幕は降りくる
ものを探し何を探すのか次いで忘れ万事休したひと日のをはり
戦争の終結といふ大義かざしヒロシマの惨兵士に告げず
弱きものはつね矢面(やおもて)に立たしめむダウンタウンで兵士の募集
兵隊の理性壊すにくさぐさの手段(てだて)はありき対イラク戦
「ゆふいんの森」とふ列車みどり色 夜明と名付くる駅も過ぎたり
町あげて景観保存に徹したる屋並はるかに由布岳の蒼
おはぐろに秋あかね飛ぶ川筋を辿れば熱く湯はこぼれゐつ
茶の駄馬はかっぽ、かっぽと音たてぬ記憶のなかに刻まれし音
万葉の歌枕なり (こほ)しめば筑紫の秋のひと日は昏れつ
絵師(さは)に育ちゆきたる森の町宝庫のごとく絵のコレクション
びっしりと部屋一杯に絵がならぶエコール・ド・由布院なりしよ此処は
幾枚か青木繁の油彩ありいろこの宮につづくわだつみ
カンバスの裏にも密に描けるあり食断つるとも絵筆執りしか
貧しくて画材の(しろ)もままならぬ時代(ときよ)なりしよ画学生らに
たどたどしくタラップ降りる事勿れスチュワーデスに見られてしまふ
妹の遺稿挟みしファイルなり暮れなづみゆく書庫に見出でつ
4Hの鉛筆の芯削りあげ裸婦像描きて人還り来ず
老残のうたびとの歌この頃見ず病みたまふにや成り行きとして
人口に膾炙せる歌ひとつあれば歌人とや言ふわれに無きもの
「ワイルドな声で鳴くのね」と電話、ついでファックス「猫姫にヨロシク」
秋霖にけぶれる朝がまたも来て事あらざるを悦びとする

▲上へ戻る