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2004年6月1日更新(17号)

時は仮死する(30首詠)    月山 幽子

サティアンにどこか似てゐる養鶏場死装束を寒風の打つ
時はいま歪みて仮死すそのなかを火炎の翼もつ魚の飛ぶ
鎮火してスピード遅き消防車ものうげに帰る辛夷の街を
不穏なる感受にゆるるミモザの黄甲状腺がときめきさうで
夢の地図たどりてゆくに果ての崖緑青いろの滝のなだるる
死の射程距離に椅子あり美しき力学的な金属の椅子
試みに情報たちてこもる日に闘志にちかき黄なる火を噴く
入口はありても出口のなき鏡 光の入りて発火するなり
弱点をつき突つかるるも鉄柱の鴉のやうに絶叫はせぬ
黒きもの宿す琥珀に息ひそめ凝縮されし時間に見入る
にんげんのうちに潜める等高線信じなければ空転なさむ
まずケイタイ次に口紅ガス弾とわがアルファー波犯しゆく少女
消えてゐし自分がにわかに現れて風の愛撫を拒む羊歯かげ
病むものに根深き自慰のやどりきぬ先のばしせぬ愉しきことは
無援なる過去を脱けたる受難者よ加虐の群に堕ちてはならぬ
球根は鬼百合の芽を出したれど茎のみ伸びる伸びてまた茎
肌の皺遠景としていとほしむルーペは暫し棚にあづけて
マンションの深部にひびく水音の清き谷間の連想を消す
逆光のふきあげの白き水煙に聖女のゆらぐ眼閉ずれば
神経の一部に蝶のまぎれこみ黒き洗濯機叛乱をせり
新緑に突っ込む軍歌の車あり色弱ならむもゆる緑に
川底に沈むオフェリア髪ゆれて緑の長き藻をそよがせる
質感の濕める花びらもてあそぶ淡き狂気を恕すはつなつ
トルソーの存在感は完璧で染めるに弱し皐月のみどりも
昼顔の蔓が伸びそむ黙契は神事のやうに成し遂げられむ
右脳への放火にあらむ燧石カチカチきこゆ卯の花は咲き
透明な泉は次第に翳りきぬ金環蝕の生贄として
痺れるほど深き谷間の気は重し香油をあびてぬれゐるみどり
うすべにの滝が壁より落つるなりもう戻れない神の砂漠に
腐るより烈しきことをなさむかな分け入りてゆく蔓絡む原

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