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2004年3月1日更新(16号)

シオン狂へり(30首詠)    月山 幽子

みづからの美しきこと知らぬ日の青年まぶし神犯すほど
汝が色に染めしつもりか抽斗に脱色剤をかくし持ちゐる
ブルドーザーなべての起伏鎮めつつ名医のやうに秘密語らず
九十度角度を変へて宝物の五匹の魚を天へ泳がす
砂浜にとりのこされし鬼海星月に洗はれ乾きゆくらむ
生命の生れしふる里海底に蛋白質の宮居ひそかに
テレビより高級外車のとび出して夜の中枢に呑みこまれたり
もう少し焦らせておけばよきものをバラ早々に蕋をみせたり
整形に失敗のひと買ひ漁る傷もつ果実ニューヨークにて
鳥の眼でバラと語るにサボテンがX線のごときを送る
紫の幡は天よりつるされて唯物的の夜の勃つなり
暗渠には狂へる水のごとき音 野に咲くシヲン静かに狂ふ
夕暮れの水晶宮にはなやかに絹をまとひて虚無しのび入る
小粒なるルビー光らす柘榴の実 疵なき壁に釘うつ真昼
神かへる霜月の菊ひんやりと古武士のごとき気品を示す
残される少女の部分へとある日の酢の味の風いたくしみたり
紫は金色を呼び夜の鳥は瀕死を呼びてわれは乱よぶ
塩をふく下着を洗ふ妻達は淡水魚買ふ朝の市場で
アナウンサーとちる夕ぐれ歯をもたぬ人形の口不安定な赤
いささかのカオスと錯誤くちかずの多くなりゆく凡庸あはれ
疵あとはレリーフとなり時の手が愛撫するときオリーヴ馨る
ほんたうは毒もつ蛾とは言へざりき自分を風と信ずるきみへ
八重葎しげれる夜の処女地にて踊りあかすは首なき群像
青白き薔薇(さうび)を流砂さらひたりそそのかせるは砂漠の魔王
われの血は青と思へり恩愛に涙のシーンに動じたくなし
くれなゐのカナリヤ青にかへられて目立たぬことに絶望したり
ものを食ふタレントの顔醜くて卑しくはなし獅子の食事は
近未来の死者を集める病院の自動ピアノのラビアンローズ
競走馬もてるをんなが被災者へ「下みて暮せ」と言ひ放ちたり
電子音に呼ばれて走るわが姿支配に馴れて爪を失ふ

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