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2022年5月1日更新(84号)

一期一会     鈴木 禮子

左顧右眄(さこうべん) 小さき鴨が列なして泳ぎゆくなり山科川を
水増して春の小川は流れゆく細き流れの命名や良し
水流に逆らはずして泳ぐ雛 ま白き羽根を左右に振りて
思ひ出の海津岬にさくら散る 薄紅(うすくれない)飛沫(しぶき)かと()
富山なる黒部のダムを目交(まなか)ひに心の痛む思ひ出のあり
振り返り、振り返り見る黒部ダム、義弟も既に幽冥の人
「この仕事、僕も手掛けたダムなんだ」昭和は遠し息止まるほど
柳絮揺れ水しぶき立つ川べりに一期の逢ひを君と得たりき
わが友の連れ合ひの死も耳にする 吾も然りきかの日かの時
「炎天を仰ぎて寒し大亀谷…」悼句賜ひき亡き(つま)の死に
二回目の発作といふが気に入らぬ血管塞栓は宿痾なりとぞ
「何でまたサインがいるの?」と問ふ夫よ 検査同意を促す人に
(やつ)れなきたった六日の闘病に明暗分けて締まる面輪か
「いいお顔…」白衣の人の声低く暑さも失せし七月の昼
「病みあがり狂ひて見たき花(かがり)」一句残して還りきたらず
昭和をば駆けぬき行きし夫にしてオタワへ行くを行きそびれたり
蝉が鳴く 身を尽くしてぞ蝉が鳴く 夏の忌日は天日(てんじつ)燃えて
シベリアの抑留死者の名は小さく犇めく文字に心は疼く
新聞のカタカナ文字は7ポにて戦いはかく終結を見き
ひとりづつ記憶の中に影となり微笑みのみが尾を曳きてゆく
いくとせも逢はず語らぬ人にしてモアイの像の如しよ君は
俺の海馬、機能せずとの手紙あり(やが)て果敢なきこの世の定め
ガリガリに痩せたる野良(のら)が立ち止まり振り向き又も見返りてゆく
ネコの不幸悲しみたれど諦めつ 全ての猫をわが助け得ず
歌心ささめ雪めく早春は口を閉ざして猫(いだ)きつつ

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