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2021年1月1日更新(80号)

蛍のひかり    鈴木 禮子

此処はどこ?俺の海馬はどうなった? 切なかりけり村上短歌
亡きひとの短歌(うた)曼陀羅華(まんだら)咲き乱れ多幸なりしとわれは思はむ
ひたむきに歌作りとふ(わざ)(みょう) 奇術ならねど奥山越えて
秋台風事なく過ぎて神無月 世は騒がしき政戦に入る
気を付けて!転ばぬようにと声が飛ぶ、ここは病院、半端なわたし
幼児なら三日で癒ゆる眼疾に長く悩むか老年時代
新しき事に挑戦する(はう)がこの世楽しと老いたるがいふ
子を産んで育て上ぐるが聖職と明治のテーゼ語りし父か
神来月(かみくずき)二十三日、早々と木枯らし一番吹きて黄昏(こうこん)
ひと月の過ぎゆき早し何時の日も監視の目をば背向(そがひ)に受けつ
杜鵑(ほととぎす) 日陰の庭にびっしりと(こうべ)垂れをりあれは群衆
金木犀の小さき花が押し合ひて枝を覆ふも吾こそが花
朱の色の小さき瓜の形してカラス瓜なり夕陽に()ゆる
妹は帰って行ったよ仕方なくこの世にあれば生きゆくために
敗戦の処理にも似たる残務あり見知らぬ街で迷ひに迷ふ
原爆の閃光あびて人が消え再びあるな死も戦争も!
妹が(えが)き呉れたる素描(でっさん)の笑みはまさしく明日を見てゐる
「蛍の光」古曲流れてすぎの戸を開けて出で行く濃き闇の中
艶めきし筋子裂きゐる白き手の新潟生まれの母若かりき
夕されば微醺の人とならむかな「越の寒梅」われに賜ひし
花粉症の猫がクシャミをする夜更けアンデルセンが目を覚ましたり
窓閉ざし誰も彼もがひっそりと息するやうな老人ホーム
現状を越えむとしつつ身を()めてやがて見え来る事のくさぐさ
いちにんの喜怒哀楽も均されて時のかなたに咲く風知草
知恵付けど舌の廻らぬ幼子(おさなご)に噛まれしと言ひ初孫を抱く
ぷっくりと膨れし頬のあどけなさハーモニカ吹く涎たらして
いとしきは曽孫(そうそん)なりと人は言う神の賜ひし光なるべし
「膝が治らず十年たった」と人が言ふ介護の人は口噤むのみ
わが()れ歌 愛でたまひしは皆(おきな) 短音階ぞと口を並べて
木犀に絡まり合ひて咲くはなのヘヴンリーヘヴンその深き色

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