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2020年9月1日更新(79号)

クラスター    鈴木 禮子

天変地異、津々浦々に押し寄せて天の意思とは何の何なる
積み上げし瓦礫排除も(むな)しくて人には何の咎のありてか
長戦(いくさ)嘗て猛威を震ひたり間なくコロナの不気味なる翳
人間の対応後手に廻りつつ病むひと遂に止め遭えずも
大空に暗雲昏く垂れこめてクラスターとふ言葉も知りき
バンコマイシン新ウイルスに効かざれば永遠(とわ)の処刑の如く妹
新幹線降りて問ひ来る妹と尽きぬ話に酔ひ痴れし日よ
何時の日も短き会ひの時の間を見つめし儘に聞く発車ベル
再会は永遠(とは)の別れとなり果てて()の黒き髪,ほそき指先
オーシャンアロー!襁褓はずれぬ幼子が声を挙げたり駅頭に居て
秋風の立つ日なりしか紫の山(えが)かむと告げたる亡夫(つま)
比叡の峰いつか越えむと励みしは(おのれ)に向けし念に他なく
小夜更けのテレビ画面に暖かき若者の夢正目(まさめ)に見たり
牽引車の巨大な荷物一人にて運びたいとぞ若き一人が
格好いいじゃないですか!弾む叫びは鮎のやうなり
一族の働く姿に惚れこんだ。僕にはこの場が一番似合ふ
朝飯をしっかり食わねば腹がすく。あれは兄だと保線区のひと
テレビにて胸熱く聞く話なり半時ばかり吾は視てゐる
感染者千四百万と伝へたり人知はいまだ押え込むなし
悪霊を放逐せむとの夏祭り 中止を告げて「触れ」流れくる
いつ知らず京人間に替りゐて空耳(そらみみ)に聞く祇園囃子を
床の間に「一子相伝」の軸ありて誇りなりしか京の料亭
朝刊に岡井隆氏の訃報あり吾があこがれの星がまた墜つ
相対し語り合ひては草稿を仕上げしといふ異才の歌人(ひと)
いくたびか友と通ひし鼎談の講師つとめて医師も正業
梅雨に入り重たき雲の峰は割れ隠されゆくか山の幾つか
気が付けばいつしか時は梅雨の候 蒔きたる苗が蔓に化けをり
明け方に猫が甘えて寄ってくるエサかと問えばにゃぁと鳴くなり
向き合ひて暮らせる日々に日本語をわれは猫語をかたみに解す
留守居にも倦みし猫なり耳を立てあの足音はまさしく主人(あるじ)

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