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2020年6月1日更新(78号)

亡き人へのオード    鈴木 禮子

「先生にこれを上げる」と泣きながら大き花輪は死者を覆ひき
男同士の慕情は花に似るものか森閑として四周を圧す
かの日より還暦すぎて姥となる幸も不幸も夢のまたゆめ
老いぬれば痛苦に遭ふは更にイヤ安らけき生なほも追ひゐる
御岳山(おんたけ)の火口湖の(あお)、ガレ場道、登下山した(つま)とわたくし
(つま)が左肺の浸潤個所を縫縮す 大丈夫だと医師は弾みて
思ひ出はそれでも明るかったよと若くしあれば追ひし朝焼け
命を得、メス跡を背に並びたる男同志の五人の写真
六十まで()つヨといはれ笑みまけて嗚呼汚れなき若さが勝てり
顔も知らずただ刎頸の友にして失せたまひしか又と無き歌人(ひと)
ナイフ捌き師に褒められし豊氏の若き日をふと思ふ日のあり
びっしりと花連ねたる鳴子百合莟膨らむバラ、ハナミズキ
諮問会、コロナ対策に暮れ果てつ(とど)め敢へざる感染者数
疫病は流行りて止まず老人にまづは白羽の矢を立てながら
目前にさくらの花は咲き撓む世界の死者は数限りなく
ムスカリと十二単に忘れ草、蝶も来て飛ぶ庭のみの春
ウイルスのオーバーシュート絶ゆるなく天変のごと世界を覆ふ
音たてて車が通り過ぎむとし徐行賜はる杖持つわれに
もう少し歩行が上手くなったなら菖蒲を見よう群れて揺るるを
発ち出でて一キロあまりゆらゆらと歩き得たるが今日のよろこび
さくら散り小手毬かほる北堀の遊歩道ゆく翆に染みて
コロナ禍あり人出絶えたる桃山の天守をよぎる晩春の雲
人間の惨たる姿遠く見て流れゆくかも春の巻雲
秀吉の家来のごとく点在す黄の色しるき日本タンポポ
長閑(のどか)なる遊歩にあらず一キロの道をようやく歩みて帰る
擦れ違ふ風のやうにぞ走り去る 若者は皆若葉の匂ひ
日に一キロ歩き得たりしレコードが断たれて無残膝が疼くも
見に行かむと約せしは()の花菖蒲人無き池は彼らの城か
書に辿る武将を偲ぶ天守閣レプリカなれど城は城なり
コロナ禍に人出絶えたる桃山の天守仰ぐは娘と私

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