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2020年3月1日更新(77号)

深き秋空    馬宮 敏江

咲くも良し散るもまたよし侘助の苔生の庭に再びを咲く
「天倫寺月光」いかつい名を持つ侘助のかがやく朱を元日の庭に
この年も賀状のトップは鈴木さんへお健やかにと願いを込めて
正月の宴の果てて散り散りに高速渋滞のニュースの中を
限界集落と呼ぶはかなしき源平の歴史つつみし祖谷(いや)の村村
友逝きて便り無けれど大雪の予報に気を留む仙台の空
ムッツリの整形の師の一瞬をくずれる笑顔 八十五歳と
キラキラと輝きて日は遠くなり手押車にさす夕茜
「夕刊は読む所無し」となげきし夫なれど小雨の郵便受けに
長病みの癒えて訪い来し教え子の細りし肩に触れし手を引く
えびね蘭・君子蘭の花芽揚ぐあわただしくも春のおとづれ
テレビ漬横になれば昼寝漬「良いの、良いの」と()らの慰め
洗濯もの頬にあてがいたしかめる乾き分らぬ今日の冷たさ
斑鳩の三塔車窓に右、左かたちそれぞれ春の雲おく
天平も吹きし風かも風鐸の陽を返しつつかすかなる音
薬師寺の庭に拾いし松ぼっくり東塔、西塔のさまに飾りぬ
日に幾度ヨッコラショの掛言葉今日のひと日の動力として
後五分あと三分としがみ付く電気毛布とぬくき関係
朝ごとの供えのお茶の御相伴 九十歳の幸せとして
来年もお願いしますと医師に云う一年の無事保証なけれど
ジャンケンポン 自販機前の中学生明るい声声師走の空に
南瓜のコトコト煮える冬至の音一番咲きの侘助白し
ガラス拭き、山なす買い出しアレはナニ?あっと云う間の七草の粥
膝痛のリハビリ受けつつ眠気さす 神の手ならんあの白い指
思わざるマスク不足に()らのため嫁は早朝行列に行く
二度咲きの柊の香の匂う道再び咲きの吾にありしや
休日を早朝より出る息子()や孫ら駐車場は春陽の遊ぶ
今はもう形見となりぬ 絵葉書に友は季節を運び給いぬ
あの人に死などあろう筈のない 思い届かぬ深き秋空
あなにやしえをとこのみまかりぬ媼ふたりの深きかなしみ

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