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2019年3月1日更新(73号)

あれは幻    馬宮 敏江

聞くだにも心やわらぐ春立つ日外の面を濡らす雨の冷たき
ひと鉢に一輪のみ咲く椿たちこのサボタージュ(あるじ)に似てか
寝ては覚めさめて亦寝る寝正月振袖競うテレビ見ながら
夕映えをほのかに残しひねもすを眠れるような元旦の町
おだやかに元日()は拓けゆく紋付に歳神むかえる亡き父の見ゆ
緋と燃えしポインセチアのまた一枚朽ちて落ちゆく人の世もまた
クリスマスの宴の果てて散りじりに見上げる空に オー満月だ!
福笹のどっと乗り込む十日戎 車内に福満ち静かに発車
飽きもせずひねもすテレビに癒されておよそ用無きCMも見る
しのび寄るごとく降りだす寒の雨まるで芽吹きを促す音に
華やかに鼓・笛の音鳴りひびく親子三代三番叟(さんばそう)の舞
成駒屋ッ! 大向うの声聞きたくて何にともあれ初春興行
髪ふさふさますます健歩と歌友の文 少しください生きる気力を
川霧の奥にこもれる流れ橋渡りし若き等村に帰らず
故郷を無くせし吾が家に届きたる白菜・大根土付きのまま
寝つかれぬ夜半の窓辺に見上げたる薄雲かかる泣きそうな満月(つき)
朝霧の中を近づく杖・帽子 あれは幻 亡夫の足音
平成の終りと共に年賀状 最後にします 葉書のすみに
リース飾りポインセチアの鉢並べかかわり無けれどクリスマスイブ
何鳥の落し物なる己が生えの千両の赤しだる歳の瀬
氷雨の中芽吹き初めたる肥後すみれ山野草愛でし友の形見の
「W杯・日本開催」世に在らば狂喜する見ゆフルバックの夫
幾度か捨てんとしては捨て切れぬ亡夫を支えしトライのボール
歳の内に柊匂う下校道列乱しつつ明日より冬休み
低く低くと自転車買い替え三回目 次は三輪車ネ孫らの笑い
全身を耳にして聞く診察室マスクを掛けての医師の説明
朝床に踏み出す一歩右・左たしかな足に今日を占う
美しき言葉を綴る文部省唱歌 冬景色・早春賦口づさみつつ
コンサートの熱き余韻を引きずりて御堂筋の灯につつまれている
ザギトワ選手に頬ずりをする「マサルちゃん」きみは矢っ張り日本の顔

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