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2017年6月1日更新(69号)

鎮もれる森    馬宮 敏江

水温む大和川面の鴨去りて土手に揺れいるいぬふぐりの花
店先に土筆・タラの芽・蕗のとう苦み走った春の使者たち
サクラ・サクラ・開花宣言待つ人の顔顔顔の平和を映す
咲き初めし桜並木にしとど降る三月尽の無情の氷雨
ベランダに出されしカナリヤの初鳴きに もう春ですネ 窓開け放す
ひそやかに樹下に芽吹き花ひらく亡友(とも)の形見の肥後すみれの紅
無遠慮にコツコツ杖音ひびかせて()の曲り角吾が家近づく
梅田地下ピンヒールの音軽やかに退社の()らの群れ通り過ぐ
人気なき町に残照朱く映え冬の夕焼何か寂しい
花人を楽しませんとや老桜のけなげに揺れる又兵衛桜
さんざめく夜桜の宴 花守の桜も夜は休ませたいと
数知れぬ種類のレタスの並ぶなか可愛いフレアー・レタスを買いぬ
白樫を揺らせて遊ぶ雀たちなごり雪降る東京の空に
若葉風孕みて親子の鯉のぼり五月の空を吾がものとして
カラカラと廻れ矢車それぞれの(さが)もつ男の子三人(みたり)揃わば
鉦をたたき曾祖父(ひじじ)の写真に掌を合す二歳の男の児の小さき背中
地下鉄は地上に出でて淀の川毛馬閘門春風の中
下萌えの長き堤の淀の川句碑を訪ねん風に吹かれて蕪村の句碑
友よりの心づくしの干し大根 荷を解く間にも匂い洩れくる
目玉焼き・トースト・コーヒー朝食は窓辺に揺れる若葉風添え
亡き人の主演のドラマの放映も矢張り空しいラブ・シーンにも
建ち並ぶ高層マンションの窓明り万の暮しの営みあらん
備前より「くぎ煮」をつくり訪れる亡夫の教え子十年(ととせ)経てなお
数年を花芽付けない鉢いくつ ガンバローね 水肥やりつつ
豪華旅四季島、瑞風写し出す古りゆく身には(とも)しきとのみ
小学生で隣に越して来し男の児愛車を連れて巣立ちてゆきぬ
鬱蒼と伸びし木犀波を打つ沖縄入梅とテレビは伝う
日本語を只一筋に来し世代「カテゴリー」ハテ? 電子辞書ひく
十日前の長電話の声耳に在り友の訃報のまだ信じられず
悲しみは只しみじみとしみじみと旅立つ歌友に涙捧げん

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