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2015年6月1日更新(61号)

スレートグレイ    鈴木 禮子

世界中にテロ蔓延曲(はびこ)るといふ報道(しらせ) 崩るる砂が鮮血に染む
日本の受けし恨みはなにのゆゑ「八つ当たり」とふ記事のくらやみ
「ノアの方舟(ふね)に善き命のみ乗せました」神話時代のテロの御話
栄枯盛衰花木にあれば荷は軽く一晩たちてはた忘れゆく
冬いつか終らむとして白き川の岸辺の柳芽吹きそめたり
豪雪のニュースの中に天空の城かと紛ふ雪の殿堂
御殿雛はる寒ければ思ひ出づ遠き昔のとなりの女人
鉄色に尖る木の芽は押しなべて天仰ぎつつわれこそは王
牙をむく波濤を紙に写したる北斎ありき神の手を持つ
「薀蓄を傾けて売る苗なので…」われは慎む広告文に
「Hの鉛筆キンキンにして絵を描くの」若く逝きたり妹ひとり
短歌(うた)としてこれは脱線し過ぎかと手直すうちに塵となりたり
門ごとに春の芽吹きはしるくして生きゆかむかな今しばらくを
春光に誘はれ出づる坂のした彼岸ざくらの舞台をわたる
東山三十六峰こく淡く色をかさねて春ふかみゆく
重なりて空みえぬまで開きたり卯月二日の疎水のさくら
極まればかなしきものを満開のソメイヨシノが散るを待ちゐる
(あざな)をば万朶と名乗る師のありて桜の花に紛れたまひき
密密と葉桜しげる疎水べり老いしひとりが水を視てゐる
球根を土中に深く埋めたり夏を思ひて花ジキタリス
春の雨大地を濡らし芽にそそぐ「山笑ふ」とはやさしき言葉
ロッキー山脈(ロッキー)の岩場にいのち授かりしレウイシアいま九弁の花を
花のいのち短くあれど雪色に神の微笑のごときそのいろ
緑陰の及ぶかぎりは苔むして生きとし生くるものの営み
シベリアの抑留死者の名は小さく犇く文字にこころは疼く
新聞のカタカナ文字は7ポにてたたかひはかく終結を見き
すがやかな(とき)の最中に恙あり不安はわれを外に招かず
日に三度水仕にはげみ濯ぎして晩年色のスレートグレイ
梅に散る風花あはき春にして初梅月と謂ひしひとあり
震度5の地震(なゐ)に怯えて醒めしとや便りは届く真幸くゐませ

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