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2013年3月1日更新(52号)

春の気配を    馬宮 敏江

庇うつ音やわらかき寒の雨樹樹の芽吹きの音かもしれぬ
昨夜(よべ)撒きし豆のこぼれる庭濡らす降りみ降らずみ立春の雨
ようやくに紅の蕾を押し上げぬ一番咲きの西王母一輪
青き空のいずこに()れしか風花のはかなき舞舞う春のきざしを
寒風に白玉椿のふくらみぬわすれいし歌つっと立ちあがる
一言主神社(いちごんさん)と呼ばれる社の大銀杏千歳のいのち抱きて立てり
千年を眠りつずける土蜘蛛の塚に師走の木洩日揺れる
大和三山みごとにおさまる眺めよき九品寺(くほんじ)の坂またのぼり来ぬ
見上げたる海住山寺(かいじゅうせんじ)の六重の塔ふんわり春の白い雲浮く
走るため()れしあの脚後尾より一気に追い上ぐゴールドシップ
赤いリボン尻尾に結びゴールドシップ優勝の顔馬場一周す(有馬記念)
八十路すぎなお盛んなるクラス会おいでおいでに鳴門を渡る
山かげを野火の煙のたゆたいて淡路の棚田は冬に入りゆく
晴れやらぬ心のままにクラス会友の生き様に背中おされぬ
お茶銘は「四国三郎」ご先祖さまふるさとの風聴いてください
三十八度線必死で越えて帰国せし義姉生涯を閉ず九十六歳
朝夢に「おーい おーい」と亡夫(つま)の声 吾をよびしか吾がよびしか
夢の中吾が名を呼ばれ飛び起きる今日は大事なゴミ出しの朝
紅をさし病院通いの明け暮れをむなしと言わん仕合せと言わん
()女孫(まご)にそれぞれ送る宅急便笑顔思いて足らいしひと日
あたらしき菰を被りてひたすらに花の(とき)待つ当麻の牡丹
日当たりの軒の鳥籠カナリヤに目白、雀の鳴きて寄りくる
返り咲く柊の花白じろと年あらたまの宵を香れる
紋付に若水汲みし父の姿 いまは幻遠き正月
栴檀は裸木となりて冬晴れの空に黄金の実を散りばめる
「せんせい」と呼びて通いくる()のありて今日は裁断ひとりの教室
看護師の「済みましたよ」の大声に吾もひとりの高齢者と知る
玄関に活けし菜の花、スイトピー誰も気付かず春の気配を
散り残るもみじ葉師走の風に揺れ桜はすでに花芽を抱く
雁来紅、梅初月と届く文いまだまみえぬ北の歌友(とも)より

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